日本人が知らない、アメリカ黒人社会がいま望んでいること
WHERE DO WE GO FROM HERE?
ヒューストンの第3区にある建物の壁に設けられたフロイドの追悼の場で祈る JOE RAEDLE/GETTY IMAGES
<BLM運動が起こり、「構造的差別」に対するアメリカ社会の意識が変わり始めた。日本まではなかなか伝わってこない黒人社会の慟哭を、ピュリツァー賞受賞ジャーナリストが長編ルポで描く。本誌「Black Lives Matter」特集より>
その日、米テキサス州ヒューストン選出の連邦下院議員アル・グリーン(民主党)は、ヒューストンで開かれたジョージ・フロイド(46)の告別式会場の最前列で自身がスピーチする番を待っていた。フロイドは、今年5月25日にミネソタ州ミネアポリスで首を白人警官の膝で押さえられ、無念の窒息死を遂げた男性。グリーンの地元で生まれ育ち、愛され、尊敬されていた同じ黒人男性だ。
フロイドが息絶えるまでの9分間の動画(一般市民が携帯電話で撮影したものだ)は、今やメディアを通じて世界中に拡散している。グリーンも、最初はそれを自宅のリビングにあるテレビで見た。
6月9日、故郷に運ばれたフロイドの遺体は3度目にして最後の告別式会場にあった。埋葬の前に一言、とグリーンは頼まれていた。当然、弔辞は前の晩から用意していた。しかし教会の牧師の言葉を聞いて、心が動いた。
牧師は言った。今は新型コロナウイルスが猛威を振るっています、みなさんもソーシャル・ディスタンス(社会的距離)を保ち、ちゃんとマスクで口と鼻を覆ってください、よろしいですか、失われていい命などひとつもないのです、と。
これ以上、誰も死なせてはいけない。その言葉がグリーンの胸に響いた。だから、準備していたスピーチ原稿を破り捨てた。
黒人の活動家やその支持者たちは長年、刑事司法制度の全面改革などを要求してきたが、実現した改革は断片的なものばかりだった。だが今回、フロイドの絶命映像がアメリカ人に与えた衝撃は計り知れない。白人でさえ、今は半数以上がこの国の警察活動には何らかの構造的な不公平さがあると考えている。小手先の改革では済まない。この先、この国はどこへ向かっていけばいいのか。
それはグリーン自身が何年も前から問い続けてきた問いだ。彼が全米黒人地位向上協会(NAACP)のヒューストン支部長を務めていた時期だけでも、少なくとも6人の黒人が警官に殺されていた。やりきれない。しかし今、機は熟したのではないか。「今度のBLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大事)運動で社会の意識が変わり始めた」。グリーンはそう思った。
だから壇上に呼ばれたとき、こう言った。「失われていい命など、私たちにはひとつもない。ジョージ・フロイドに罪はあったか。黒人であること。それが彼の罪とされた」
そして心に秘めてきた壮大な提案を口にした。今こそ連邦政府に「和解省」を設置し、黒人と白人の垣根を取り払おうと。
「これは義務だ。私たちの責任と義務だ。このままで終わらせてはいけない。私たちは奴隷制を乗り越え、人種隔離も乗り越えてきた。しかし和解はしていない。そのせいで今も忌まわしい差別に苦しんでいる。今こそ和解の時だ」
後日、ノートパソコンの前に座ってビデオ会議が始まるのを待っていたときも、グリーンの重い言葉は私の耳に響いていた。黒人議員連盟の企画した警察改革についての討論会があって、私も黒人活動家の一人として参加を求められていた。