最新記事

エルサレム

エルサレムをめぐるトランプ宣言の行方──意図せず招かれた中東の混乱

2017年12月10日(日)01時01分
錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)

イスラエルによるきわめて厳しい治安管理の中、これらの勢力はまだパレスチナ・イスラエル内に活動拠点を確立してはいない。各国のユダヤ関係機関は、警戒を強めていることだろう。

国際情勢に関しては、今回のアメリカの動きに他国が追随する見通しは薄い。大使館移転について、イスラエル政府の呼びかけに応じそうなのは、今のところ、5月に既に同じ方針を固めていたチェコと、独特の政治路線で知られるフィリピンだけだ。カナダとイギリス、スウェーデンは既に、大使館をエルサレムへは移転させない旨を明示している。

「二国家解決」案は終わったのか?

今後の展開として気になるのは、これでイスラエルとパレスチナをめぐる和平交渉として「二国家解決」の可能性はなくなったのか、という問いだ。オスロ合意以降の中東和平は、基本的な路線として、イスラエルとパレスチナという二国家の並存を目標に掲げてきた。エルサレムを一方の首都と認めることは、その路線崩壊を意味するのか。

この点について、8日付のアル=ジャジーラの放送番組では、駐ワシントンPLO代表(在米パレスチナ大使)のフサーム・ズムルトがキャスターに問い詰められて困惑する場面が見られた。大使として、大統領に代わって判断し発言する立場にない、というのは当然の応答だが、その言外には別の理由もうかがわれる。

ファタハの政治家として、二国家解決は譲れぬ最後の一線であり、否定したくはない、というのが本音だからだろう。長らく選挙が行なわれず、野党でもあり民衆の代表としての正統性を伴わない中、ファタハの政治家の正統性を担保してきたのは、アメリカを中心とする外交交渉のパートナーとしての地位だった。その交渉プロセスを今後無効することは、彼らの築いてきた立場や、ファタハの存在意義を否定することにつながる。

また仮に二国家解決案以外のプランで政治交渉に臨むとして、インタビューでズムルトが代わりに言及した一国家案はあくまで理想論であり、代替案として準備されたものではない。実際、オスロ合意後の和平プロセスに失望した人々の間では、一国家案をめぐり多くの市民運動が2000年代以降みられるものの、外交上の現実的な問題として真剣に議論される段階には至っていない。

近年もっとも有効な選択肢として検討され始めていたのは、アラブ諸国とイスラエルとの相互承認を目標に含めるAPI(アラブ和平イニシアチブ)だが、今回のトランプ宣言でしばらくその推進は目処が立たなくなった。明確な代替案がない以上、和平交渉が今後しばらくの間、進展する希望は小さいといえよう。

トランプのエルサレム宣言で火がついたパレスチナ民衆とイスラエル治安部隊との衝突は、特にガザ地区周辺で激化しつつある。イスラエル南部に向けて散発的に発射されるロケット弾に対して、イスラエル軍が報復し、攻撃が過熱しかねない勢いだ。状況を理解しない不用意なアメリカ大統領の発言が、多くの人命が奪われる事態につながることのないよう注視する必要がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英利下げはまだ先、インフレ巡る悪材料なくても=ピル

ビジネス

ダイハツ社長、開発の早期再開目指す意向 再発防止前

ビジネス

ECB、利下げ前に物価目標到達を確信する必要=独連

ワールド

イスラエルがイラン攻撃なら状況一変、シオニスト政権
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親会社HYBEが監査、ミン・ヒジン代表の辞任を要求

  • 4

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 5

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ロシア、NATOとの大規模紛争に備えてフィンランド国…

  • 9

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中