最新記事

映画

ケン・ローチが描くイギリスの冷酷な現実

2017年3月17日(金)10時40分
ジューン・トーマス

心臓病を患ったダニエルとシングルマザーのケイティは絆を深めていくが ©SIXTEEN TYNE LIMITED, WHY NOT PRODUCTIONS, WILD BUNCH, LES FILMS DU FLEUVE, BRITISH BROADCASTING CORPORATION, FRANCE 2 CINÉMA AND THE BRITISH FILM INSTITUTE 2016

<弱者を守らない理不尽な福祉制度に1人の男が挑む。『わたしは、ダニエル・ブレイク』が社会に問うもの>

ルールは守るけれど、理不尽な命令は断固拒否。友達や隣人の力になろうと骨を折っても、コケにされればきっぱりノーを言う――誰もがダニエル・ブレイクみたいな男を知っている。

イギリスの福祉制度のように国民を疑うことを前提にしたシステムは、ダニエルのような人に過酷な日々を強いる。そして、腐ったシステムの下で正しい行動を取ろうとすれば、人は疲弊する。カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞したケン・ローチ監督の映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』を見ると、それを実感させられる。

イギリス北東部の町ニューカッスルで暮らすダニエルは、妻に先立たれた大工だ(コメディアンのデーブ・ジョーンズが好演)。59歳の彼は実直に生きてきたが、心臓病で仕事を続けられなくなった。

映画の冒頭で、障害者手当の審査のために福祉事務所に呼び出される。仕事に就ける健康状態ではないと医師には言われていたが、福祉事務所の担当者はマニュアルどおりに無意味な質問を繰り返した揚げ句、就労可能という判断を下す。ダニエルの悪夢の日々の始まりだ。

仕方なく、ダニエルは職業安定所に足を運ぶ。困っている失業者を助ける機関のはずなのに、職員は失業者を侮辱するのが仕事だと思っているかのような態度だ。ある親切な女性職員がマニュアルを外れて具体的な助言をしようとしたが、彼女は上司に叱責される。そのような危険な前例を作ってはならない、というのだ。

障害者手当を打ち切られたダニエルは失業保険だけが頼りだ。しかし、その手続きは至る所に落とし穴がある。例えば、システムが完全にデジタル化されており、コンピューターと無縁の人生を送ってきたダニエルには手に負えない。

【参考記事】『ラ・ラ・ランド』の色鮮やかな魔法にかけられて

映画が政府を動かした?

失業保険を受給するには、ありもしない就職先を探し続けなくてはならない。しかも仮に職が見つかったとしても、ダニエルはその仕事に就けない。働くのは無理だと、医師に言われているのだから。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

西欧の航空会社、中国他社より不利=エールフランスC

ビジネス

午前の日経平均は続伸し最高値、高市首相誕生への期待

ワールド

ブダペストでの米ロ会談、ハンガリーとの良好な関係背

ワールド

トランプ氏、中国との公正な貿易協定に期待 首脳会談
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 7
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 9
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 10
    若者は「プーチンの死」を願う?...「白鳥よ踊れ」ロ…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 6
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 7
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中