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なぜアメリカの下流老人は日本の老人より幸せなのか

2017年1月12日(木)06時31分
印南敦史(作家、書評家)


「明日家賃の支払い日だが払えないとなると、"どうしたらいいんだろう、この年でアパートを追い出されて、病気もあるし......。どこで保護してくれるんだろう"と追い詰められてしまう。"こうなったら、刑務所に入るしかない"と思いつめ、コンビニなどで強盗しようとナイフをちらつかせたりする。でも、本気で相手を傷つける気はないから、未遂に終わることが多いのです」(177ページより)

 あまりに切ない話だが、こうしたことが起こるのは、生活苦で追い詰められた人が人間らしく生きるために必要な支援を受けられる体制が整っていないからではないかと著者は指摘する。生活保護の制度こそあるものの、それを簡単に受給できるシステムになっていないということで、なんとも矛盾する話だ。

 そこで著者は生活保護の手続きなどについて、さまざまな提案を行なっている。それらはたしかに有意義なものなのだが、明日も生きていかなければならないという現実が人々の眼前にある以上、それより先にすべきは「老後破産」に追い込まれないためには個人として何をすべきか、どのような蓄えをすればよいかということであるはずだ。事実、著者もこの点を強調している。

 それによれば、1つ目のポイントは生活保護の使い方をよく理解すること。日本において生活苦を抱える下流老人が頼れるのは生活保護だけなのだから、その仕組みをよく理解し、いざというときに使えるようにしておくべきだという。

 2つ目のポイントは、定年を迎える前にどれだけ準備しておけるか。そこで、まずは定年後に受け取れる年金額を早めに確認しておくことを著者は勧めている。日本年金機構の「ねんきんネット」のサイトに必要事項を入力すれば、60歳未満の人でも自分がもらえる年金の見込み額を知ることができるというので、これは私たちも確認しておきたいところだ。

 年金見込み額がわかったら、それをもとに自分の老後のライフプランをイメージしてみる。そうすれば「どれだけあれば生きていけるのか」などがわかるというわけだ。

 そして老後破産を防ぐ3つ目のポイントは、定年後は生活をダウンサイジングし、人間関係を豊かにすること。現役時代よりも収入が減るのだから、生活費を減らしていかなければならないのは当然の話。それは無理をするということではなく、生活に支障をきたさない程度に少しずつ節約していくということである。

 同じように、人間関係も非常に大切だ。日本の高齢者は老後の蓄えが不十分な上に家族以外の人との繋がりが少なく孤立しやすいため、新たなつながりをつくって人間関係を豊かにするべきというわけである。何かあったとき、頼れる人がいることには大きな意味があるだろう。

 それにしても、ここまで老人が追い詰められる日本社会のあり方は、どう考えても異常なのではないか? 生活保護を受給できるようになるまでに高いハードルがあるということ自体が、本来であればおかしな話なのだ。だから著者も、生活保護を使いやすくするための制度見直しや、すべての低所得高齢者に最低限の生活費を保証する制度の導入が必要だと訴える。


 現役時代の仕事や働き方によって年金額に差が出るのは仕方ないとしても、すべての高齢者が人間らしく生きる権利は保障されなければならない。日本の政府や政策担当者にはその辺の意識が欠けているように思う。(231ページより)

 日本には老人を敬愛し、長寿を祝う「敬老の日」があるのに、実際には多くの高齢者が生活の不安を抱えている。それは非常に残念なことだとする著者の意見には、私も強く共感する。


『日本より幸せなアメリカの下流老人』
 矢部 武 著
 朝日新書

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。2月26日に新刊『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)を上梓。

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