最新記事

中国

天安門事件は風化へ、中国社会は「娯楽とエゴ」へ

2016年6月9日(木)11時52分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 2000年代後半は、状況はまったく違っていた。というのも、当時のインターネットは「とんがったツール」であり、体制批判や政府が禁止している情報がネットユーザーの人気コンテンツ。天安門事件関連の情報や映像も興味をひく題材だったからだ。当時、中国の大学に留学していた私は中国人学生にこうしたコンテンツをこっそり見せてもらうこともしばしばだった。

 このままネットの普及率が上がっていけば中国社会の雰囲気が変わるのではないかと期待されていたわけだが、普及率とともに変わったのは"社会"ではなかった。"ネット"が変化し、政治とは無関係の娯楽コンテンツがヒットコンテンツの座を奪ったのだ。とんがったツールからマスのツールへと変化する中で、ネットコンテンツの主流が変わっていく。

【参考記事】4.3億回、中国人に再生された日本人クリエイター

 この変化は中国だけでなく日本でも同じだ。日本にもかつてあったネットへの過剰な期待を覚えている方は、中国の変化も腑に落ちるのではないだろうか。

住民運動への期待感もしぼみ、地域エゴの発露に

 ネットと並んで、中国社会の変化をもたらすと期待されたのが住民運動だった。大気汚染や食品安全など身近な問題に関する住民運動が多発すれば、それはやがて市民意識の芽生えにつながっていく。最初は自分たちの身近な問題から始まるが、やがて国単位の問題へと意識が向かい、天安門事件に対する謝罪や遺族への賠償を政府に求めていくような力になっていくのではないか。中国を民主化へと向かわせる原動力になるのではないか。こうした期待が高まっていた。

 王丹氏も例外ではない。2012年の講演では、直前に四川省什邡市で環境デモがあった。銅モリブデン精製工場の建設に反対し、まず若者がデモを起こしたが警察が暴力的に鎮圧。それに怒った市民数千人が大規模な抗議行動を起こしたという事件で、最終的に工場建設は撤回された。中国が変わるきざしかもしれないと王丹氏は高く評価していたことを記憶している。

 しかし、住民運動に対する期待感もしぼみつつあるのが現状だ。什邡市の後にも、ゴミ焼却場、火葬場、発電所などの建設に反対する抗議デモは多発しているが、市民意識の芽生えというよりも地域エゴの発露という傾向が強い。

 例えば、2015年6月には四川省広安市隣水県で数万人が参加する大暴動が起きたが、高速鉄道建設計画の改定により同県が路線から外されるとの噂が発端だった。高速鉄道開通による不動産価格上昇を見込んでいたのに、大損をこいてしまうという怒りが暴動を引き起こしたのだ。

 また、今年春には浙江省や湖北省の複数都市で数千人規模の抗議デモが起きているが、これは貧困地域の支援策として「大学入学枠」を東部から中西部に譲渡するという中国政府の計画に反発したものだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国は戦時文書を「歪曲」、台湾に圧力と米国在台湾協

ビジネス

エヌビディアが独禁法違反、中国当局が指摘 調査継続

ビジネス

無秩序な価格競争抑制し旧式設備の秩序ある撤廃を、習

ワールド

米中閣僚協議2日目、TikTok巡り協議継続 安保
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中