最新記事

建築史

オリンピックと建築家

2015年12月24日(木)12時12分
藤森照信(東京大学名誉教授) ※アステイオン83より転載

いつの時代も…… 建築史をひも解けば、国や時代の記念碑が実現するまでの有為転変、右往左往は、今も昔も変わらない(12月22日、2020年東京オリンピック・パラリンピックの主会場となる新国立競技場の設計・施工案で選ばれた“A案”の建築家、隈研吾ら) Yuya Shino-REUTERS

 国や時代を象徴する記念碑的建築を、"自分こそ"と自負する建築家たちは、取りっこを繰り返してきた。

 たとえば、明治二九年竣工の日銀本店はどうか。御雇外国人建築家にもっぱら頼んできた記念碑を初めて日本人建築家に託そうと明治政府が考えた時、まず名の挙がったのは辰野金吾ではなく山口半六だった。山口は大学南校を出てフランスに学び、帰国後は文部省に入り、大学や高等学校を手掛け、文部省内のランクは、森有礼大臣に続きナンバー3の地位にあった。

 山口に分があった。にもかかわらず辰野に指名が下ったのは、当時日銀を仕切っていた高橋是清との縁による。明治の最初期、唐津藩の英学塾で、辰野は高橋の教え子それも級長だったし、上京して工部大学校に入ったのも高橋の薦めによる。

 山口に続く辰野のライバルは妻木頼黄(よりなか)だった。妻木は、コーネル大学とベルリン工科大学に学び、帰国後は内務省さらに大蔵省の建築家となる。内・蔵両省の建築家が文部省の工科大学教授より政府内での格が上なのは言うまでもない。辰野が妻木より優位だったのは、日本建築学会と工科大学というアカデミーを握っていることと、妻木の許にいるスタッフが全員、日本の建築教育を一手に握る辰野の教え子もしくはその流れだったことくらいか。

 辰野と妻木は、国会議事堂をどちらが手掛けるかを巡ってもつれにもつれ、結局、妻木の死によって辰野は勝ったものの、設計を決める前に辰野もスペイン風邪で急逝し、文字通りの死闘に終わっている。辰野か妻木かどちらか一人がやれば、今よりは見映えのする建築になったと思われる。

 東京オリンピックについて述べよう。この名のオリンピックは戦前に一回、戦後に今回を含めて二回、計三回計画されている。今回のはこの文が出る頃にケリが付くはずだが、その前の二回について、建築史家として知るところを綴ってみたい。

 昭和一五年に開催予定だった東京オリンピックから。

 設計は、当時、東京帝国大学の新進建築家として鳴らしていた岸田日出刀助教授が予定されていた。もちろん、筆頭教授にして日本の建築界の、辰野と佐野利器に続く三代目リーダーでもあり、内務省にも強い筋を持つ内田祥三(よしかず)の指名による。

 岸田は、ヒットラーのベルリンオリンピックの会場を視察すべく派遣されるが、帰国後、内田には予期せぬことが三つ起こる。一つは、政府としてはナチスのオリンピックこそ手本にするつもりなのに、岸田は、会場を手掛けたヒットラーのお抱え建築家アルバート・シュペーアのもとに出向かなかったばかりか、当時のドイツ建築界での敵役ブルーノ・タウトなどのモダニストばかりに会い、帰国後、シュペーアの古典的デザインを古臭いと批判した。

 このことは建築界の内側の問題として納まる可能性も強かったが、納まらないのは会場をどこにするかで、なんと青山練兵場がいいと公言したのである。今は知る人も少ないだろうが、かの地は大日本帝国陸軍の聖地としての性格を持つ。明治神宮に隣り合い、首都の練兵場として知られ、軍の政治犯(反乱軍)もここで刑に処せられている。

 もちろん、帝国大学の一建築家たちによる根回し無しの立地計画に軍の反発は激しく、万事休す。

ニュース速報

ビジネス

英金融機関、EU離脱で「パスポート」失うリスク=仏

ワールド

欧州委員会、英出身で金融担当のヒル委員が辞任 

ビジネス

EU外相らが英国に早期離脱求める、独首相は性急な動

ビジネス

英格付け、国民投票受け見通しを「ネガティブ」に=ム

MAGAZINE

特集:英国はどこへ行く?

2016-6・28号(6/21発売)

EU離脱の是非を問うイギリス国民投票はいかに──。統合の理念が揺らぐ欧州と英国を待つ未来

人気ランキング (ジャンル別)

  • 最新記事
  • コラム
  • ニュース速報
  1. 1

    ISISが3500人のNY「市民殺害リスト」をアプリで公開

    無差別の市民を選び出し、身近な標的を殺せと支持…

  2. 2

    もし第3次世界大戦が起こったら

  3. 3

    英キャメロン首相「EU離脱派6つのウソ」

  4. 4

    ハーバードが絶賛する「日本」を私たちはまだ知らない

  5. 5

    未婚男性の「不幸」感が突出して高い日本社会

  6. 6

    Windows10の自動更新プログラム、アフリカのNGOを危険にさらす

  7. 7

    搾取されるK‐POPのアイドルたち

  8. 8

    「国家崩壊」寸前、ベネズエラ国民を苦しめる社会主義の失敗

  9. 9

    あらゆる抗生物質が効かない「スーパー耐性菌」、アメリカで初の感染が見つかる

    ペンシルバニア州に住む49歳の女性から発見…

  10. 10

    コンビニATM14億円不正引き出し、管理甘い日本が狙われる

    アフリカ諸国、東欧、中東などでは不正分析ソフト…

  1. 1

    レイプ写真を綿々とシェアするデジタル・ネイティブ世代の闇

    ここ最近、読んでいるだけで、腹の底から怒りと…

  2. 2

    英国のEU離脱問題、ハッピーエンドは幻か

    欧州連合(EU)にさらに権限を委譲すべきだと答え…

  3. 3

    伊勢志摩サミットの「配偶者プログラム」はとにかく最悪

    <日本でサミットなどの国際会議が開催されるたび…

  4. 4

    嫌韓デモの現場で見た日本の底力

    今週のコラムニスト:レジス・アルノー 〔7月…

  5. 5

    間違い電話でわかった借金大国の悲しい現実

    ニューヨークに住み始めた僕は、まず携帯電話を手…

  6. 6

    移民問題が「タブー」でなくなったわけ

    ここ数年、僕たちイギリスの国民は、一部の政治…

  7. 7

    美学はどこへ行った?(1):思想・哲学・理論

    <現代アートの国際展は、思想や哲学にインスパイアさ…

  8. 8

    パックンが斬る、トランプ現象の行方【後編、パックン亡命のシナリオ】

    <【前編】はこちら> トランプ人気は否めない。…

  9. 9

    中古ショップで見える「貧困」の真実

    時々僕は、自分が周りの人々とは違った経済的「…

  10. 10

    グラフでわかる、当面「円高」が避けられないただ1つの理由

    〔ここに注目〕物価 為替市場において円高が…

  1. 1

    英国のEU離脱派と残留派、なお拮抗=最新の世論調査

    11日に公表された世論調査によると、英国の欧…

  2. 2

    メルセデス・ベンツの長距離EV、10月に発表=ダイムラー

    ドイツの自動車大手ダイムラーは、メルセデス・…

  3. 3

    米フロリダ州の乱射で50人死亡、容疑者は警備最大手に勤務

    米フロリダ州オーランドの、同性愛者が集まるナ…

  4. 4

    米国株式市場は続落、原油安と世界経済懸念が重し

    米国株式市場は2日続落で取引を終えた。原油が…

  5. 5

    英国民投票、「EU離脱」選択で何が起こるか

    欧州連合(EU)は6月23日の英国民投票を控…

  6. 6

    ECBのマイナス金利、銀行に恩恵=コンスタンシオ副総裁

    欧州中央銀行(ECB)のコンスタンシオ副総裁…

  7. 7

    焦点:タカタ再建、「ラザード」効果で進展か 車各社との調整に期待

    欠陥エアバッグ部品の大量リコール(回収・無償…

  8. 8

    インタビュー:世界的な低金利、エンダウメント型投資に勝機=UBSウェルス

    UBSウェルス・マネジメントのグローバルCI…

  9. 9

    NY市場サマリー(10日)

    <為替> 原油安や銀行株主導で世界的に株安が…

  10. 10

    クリントン氏優位保つ、トランプ氏と支持率11ポイント差=調査

    ロイター/イプソスが実施した最新の世論調査に…

定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
リクルート
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

0歳からの教育 育児編

絶賛発売中!

コラム

パックン(パトリック・ハーラン)

モハメド・アリ、その「第三の顔」を語ろう

STORIES ARCHIVE

  • 2016年6月
  • 2016年5月
  • 2016年4月
  • 2016年3月
  • 2016年2月
  • 2016年1月