最新記事

ロシア

プーチンが空爆で背負った内なる戦争

ロシアがアサド政権支持の空爆を開始。国内のスンニ派イスラム教徒の怒りを買い、報復テロを招く危険も高まっている

2015年11月16日(月)18時20分
マーク・ベネッツ

忠誠 空爆支持を表明したガイヌトディン(左)とプーチン(9月にモスクワに誕生した欧州最大級のモスクで) RIA Novosti-REUTERS

「アサドは冷酷な人殺しだ!」

 先月初めの雪の日、ロシアの首都モスクワに開所したばかりの欧州最大級のモスク(イスラム礼拝所)で、中年の信者ルスランは怒りをあらわにした。ロシアは数日前、内戦の続くシリアでバシャル・アサド大統領を支援する空爆に踏み切っていた。「アサドの血塗られた政権を支持するのは恥ずべきことだ」

 20代のアルスランは、正反対の考えだ。「ISIS(自称イスラム国、別名ISIL)のようなテロ組織と戦うためにシリア政府を支援するのは正しい」。シリア政府軍による人権侵害行為については「まったく聞いたことがない」と言う。

 ロシアのイスラム教徒は、人口の約14%に相当する推定2000万人。ISISなどのシリア反政府勢力への空爆を開始したウラジーミル・プーチン大統領の決断を、彼らがどう考えているのか知ることは難しい。

 しかし、この決断が多くの危険をはらんでいることは間違いない。ロシアでは19世紀のカフカス戦争に始まり、90年代半ば~2000年代のチェチェン紛争に至るまで、イスラムがたびたび火種になってきた。

 ロシアのイスラム教徒の大多数は、シリアの反政府勢力と同じスンニ派イスラム教徒だ。少数派のアラウィ派が中心のシリア政府軍と、それと手を組むレバノンのシーア派武装勢力ヒズボラやイラン政府軍を支援すれば、ロシア国内のスンニ派イスラム教徒の怒りを買いかねない。

 カーネギー国際平和財団モスクワセンターのイスラム専門家アレクセイ・マラシェンコによれば、控えめに見てロシアのイスラム教徒50万人がISISに共感している可能性がある。「ISISが社会正義と公正な統治のために戦っている、と考えている人が多い。ISISが欧米と戦っていることを好ましく感じている人たちもいる」

 ISISは雑誌やテレビを通じて、ロシア語による洗練された勧誘キャンペーンを展開している。プーチンによれば、5000~7000人のロシアや旧ソ連諸国出身者(多くはチェチェン人)がシリアでISISの部隊に加わっているという。6月には、北カフカスなどのイスラム過激派勢力がISISの指導者アブ・バクル・アル・バグダディへの忠誠を表明したとのニュースが流れた。

ロシアが聖戦の標的に

 一部のネット記事やソーシャルメディアへの投稿を別にすれば、ロシアのイスラム教徒の間でシリア空爆を批判する声はほとんど聞こえてこない。「ロシアのイスラム教徒は、プーチン統治下の徹底した抑圧により沈黙させられている」と、ロシア連邦タタルスタン共和国でイマーム(イスラム教導師)として活動していたアイラト・バヒトフは言う。バヒトフは05年、ロシアでのテロ容疑で逮捕された後、証拠不十分で釈放されて、今は国外で生活している(本人はテロへの関与を否定)。

 ロシア政府に忠誠を誓うイスラム教指導者たちは、空爆への揺るぎない支持を表明している。空爆開始直後の先月2日、ロシア・イスラム聖職者評議会のトップに長年君臨するラビリ・ガイヌトディンは、緊急の声明を発表し、信者たちに平静を呼び掛け、シリア問題を「政治化」しないよう求めた。ロシアのイスラム聖職者たちは、こぞってこれに同調した。

 同評議会の共同議長を務めるナフィグラ・アシロフだけは、シリア内戦に外国勢力が介入すべきでないとBBCロシア語放送に語ったが、すぐに態度を翻した。その後のインタビューでは、シリア空爆に関するコメントを拒否。本誌の取材に対しても、この問題について「意見は一切ない」と返答した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 3
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統領にキスを迫る男性を捉えた「衝撃映像」に広がる波紋
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中