最新記事

中国政治

中国「反スパイ法」、習近平のもう一つの思惑

2015年10月2日(金)16時27分
遠藤 誉(東京福祉大学国際交流センター長)

 しかし旧国家安全法の第三十二条には「国家安全機関のメンバーが職務怠慢したり、私情にとらわれて不正行為をしたりした場合は、刑法○○条(多いので省略)により処罰する」とあるのみだ。

 ここが肝心なのである。

 反スパイ法では、「境外(海外)」という言葉と「間諜(スパイ)」という言葉が数多く出てくるので、まずは「在中の外国人スパイ」を逮捕できるということが焦点になっていることは明確ではある。

 しかし、中国にいる誰かが「民主化を求めたりなどして、中国政府に抗議運動をした場合」、そこには特定のスパイ組織がいるとは限らない。

 スパイという行為は、たとえば日本の週刊誌の記者とかがスクープ記事を書こうと思って冒険的行動に出るといった特殊なケース以外では、基本的に何らかの組織があって、その組織に有利な情報を提供するために行う行為だ。つまり国家安全法で「国家転覆罪」で逮捕するのとは性格が異なる。

 しかも国家機密を入手できる立場にいる人間がいないと、深いスパイ行為は成立しない。

 すなわち、反スパイ法は、実は外国人もさることながら、「中共中央あるいは中国政府の中枢」に所属している人をも対象としていることが見えてくる。

 それが江沢民の実父に関する前兆現象とリンクしていたのである。

 その証拠が新国家安全法の登場だ。

 新国家安全法の第十三条には、「国家機関のメンバーが国家安全活動の中で、職権を乱用し、職務怠慢を起こし、私情のために不正行為をした者は法により責任を追及する」とある。ここに「職権乱用」という、新たな言葉が加わった。同法第十五条には、「国家機密漏えいにより国家安全に危害を与える行為」という文言が明記してある。

 これは周永康や令計画などの「職権乱用」を具体的に指してはいるが、行きつく先は「江沢民」であることは明白だろう。

 反スパイ法はさらに、国家安全法だけではカバーできない「お家の事情」が、これでもかとばかりに盛り込んである。

傍証

 その傍証として、2009年から江沢民の出自を暴露し、当時の胡錦濤国家主席に直訴状を出してネットで公開した呂加平(1941年生まれ)が、2011年に逮捕され10年の懲役刑を受けていたのだが、2015年2月に釈放されたことが挙げられる。反スパイ法が発布された後の現象だ。体を病んだための釈放と入院だが、それでも中国のネット空間では「呂加平が出てきたぞ―!」という喜びの声が現れた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

ロイターネクスト:為替介入はまれな状況でのみ容認=

ビジネス

ECB、適時かつ小幅な利下げ必要=イタリア中銀総裁

ビジネス

トヨタ、米インディアナ工場に14億ドル投資 EV生
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中