最新記事

戦争

帰還後に自殺する若き米兵の叫び

2012年8月7日(火)17時11分
アンソニー・スウォフォード(作家)

助けを求めない兵士たち

 退役軍人省はようやく、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と自殺傾向の検査を始めた。単に親指を骨折して病院に駆け込んだケースも検査対象になる。医療提供者は適切な質問をし、重大な心理的問題の兆候がないか探らなければならない。元兵士に過度の飲酒や薬物乱用、不眠、失業、孤立が見られたら、問題を抱えている可能性が高い。

 全米精神障害者連盟(NAMI)モンタナ州支部のマット・クーンツは、精神疾患に付きまとう悪いイメージが兵士や退役軍人の受診を妨げていると考えている。陸軍士官学校を卒業したクーンツによれば、「手足にマメができても恥と考えるのが歩兵部隊だ。退役軍人が自分から助けを求めると思うか? 検査は強引なくらいに、何度も繰り返しやるべきだ」。

 米傷痍軍人会など退役軍人の団体は絶えず、デジタル時代に対応したサービス向上を退役軍人省に求めている。支援活動を通じて問題を抱える元兵士を見つけ出す作業は退役軍人省の仕事の根幹だ。

 しかし支援制度だけでなく、多角的なアプローチが必要だろう。カリフォルニア大学ロサンゼルス校医療センター精神科の研修医で、退役軍人病院のPTSD外来に勤務した経験を持つジェシー・ルーは、「持続エクスポージャー療法」を提案する。

 この療法は、患者にトラウマと向き合わせ、その記憶に慣れさせるというもの。患者はテープレコーダーに向かって最もつらいトラウマについて語る。途中でセラピストが質問をして誘導することもある。トラウマについてできる限り詳細に、五感をフル活用して語らせることが重要だ。患者は録音した内容を1週間毎日聴く。これを3カ月間繰り返す。

 患者を日常生活最大のストレスと向き合わせることは簡単ではない。それでも「続けられれば効果がある」とルーは言う。

 なぜ傷ついて帰ってくる兵士とそうでない兵士がいるのか。「それが分かればいいのだけど......」とルーは黙り込む。「初診でPTSDの診断を下すのは、統合失調症の診断を下すのと同じくらい難しい。従軍前とはすべてが変わってしまった。彼らは国のためを思って従軍し、ぼろぼろになって帰ってきた」

周囲のサポートが不可欠

 90分後、メリッサはまだ自殺志願の若い元海兵隊員と電話で話している。ラッシュアワーで交通量が多く、ハイウエーパトロールは誤って別のサービスエリアに向かってしまった。私は妻に電話してその若者を見つけさせようかと本気で考え始めた。

「希望を売るのが仕事」だと別の電話相談員は言う。昨年かかってきた電話は16万4000件。うち6760件を自殺から救った。2300件が現役の兵士から、1万2000件が退役軍人の友人や家族からの電話だった。

 ようやくメリッサが医療補助スタッフに笑顔を向け、電話の相手に呼び掛ける。「よかった。大丈夫? 海兵隊基地から来た憲兵? OK。その人たちに替わって」

「来てくれてありがとう」メリッサが憲兵に言う。「彼には助けが必要なの」

[2012年6月 6日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されずに「信頼できない人」を見抜く方法
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中