クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が語る「助かった人たちの行動」

2025年11月6日(木)16時24分
中山 茂大(ノンフィクション作家、人喰い熊評論家)*PRESIDENT Onlineからの転載

「どうか熊さん親子三人の命を助けて下さい」

(5)拝んで助かる

「クマに拝んで命拾いした」という事例も、数は少ないが記録されている。


網走の農業一ノ瀬利助の妻イト(二九)が立木伐採小屋で昼飯の準備中、長男義一(六ツ)が隣家の子供二人と遊びに出かけた。しばらくして子供らが息せき、熊が出たと蒼くなって逃げて来たが、義一の姿が見えない。

イトは驚き、二歳の男の子を背負ったまま裸足で駈け出して我が子の行方を探し回るうち、遙かの藪中に義一の足をくわえ引きずっていく大熊を見つけた。半狂乱で熊に近より、義一を抱えて引っ張ると、義一のゴム靴だけ熊の口に残り、義一を熊から奪い取って小脇に抱えたが、熊は義一を見付けてなおも挑みかかり、義一の足に喰いつこうとするので、(中略)

絶体絶命となって、「どうか熊さん親子三人の命を助けて下さい、決して仇をしないから」と手を合わせて二、三度拝んだ。その精神が熊に通ったかどうか、熊もボンヤリ二三間後退りしたので、イトは義一を抱いて一目散に駈け戻った(『小樽新聞』大正11年12月4日)


クマに説教するエピソードはアイヌの逸話にもよく出てくるが、語りかけることで気が立っているクマを落ちつかせる効果があるのかもしれない。

クマを「撃退」したアイテム?

(6)奇抜な方法で助かる

傘が有効だという話は都市伝説的に知られているが、以下はその実際にあったという事例である。


ある年の秋もやや更けた黄昏時、街道を広尾方面に向かって行く一人の洋服姿の男があった。それはエスという十勝支庁の技手で、公用で広尾に出張する途中であった。折から広尾方向からこの方に向かって一人の旅人がとぼとぼと歩いて来る。

ところがその後方二、三町はなれたところにも黒点が二つ、追い迫るように進んでくる。よく見ると、その黒点の一つは大熊で、その後ろの黒点は鉄砲をもって追跡して来るアイヌであった。熊は全身の金毛を逆立て、猛然と矢のように走ってくる。その後ろからアイヌは大声で「熊だあ、逃げろ!」と叫んでいる。

この様子を見たエス技手は、びっくり仰天して路傍の柏の大木によじ登ったが、かの旅人は「熊だ」というアイヌの声に驚きふり向くと、すでに熊は背後に迫り、猛然立ち上がってまさに一撃を加えんとしている。しかるに旅人は逃げようともせず泰然自若として、そのまま路上に座してしまった。(中略)

エス技手が恐る恐る目をあけて見ると、血に染まって倒れているはずの旅人は相変わらず平然として静座している。しかも肩には悠々と洋傘をひらいてかざしているではないか。(中略)

熊はなぜ旅人に一撃をくわえなかったか。その謎はこうであった。旅人がびっくり仰天、腰をぬかして路上に座ると同時に、無意識のうちに肩にかついでいた洋傘がパッと開いて身をかばった。一方の熊は、鼻先に自分より大きな真っ黒なものがニュウッと現れたので、さすがの猛熊も三十六計をきめこんで逃げ出したのであった。(東川村 佐藤楽夫氏談『開拓秘録北海道熊物語』宮北繁 昭和25年)

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