最新記事
医療

アルツハイマー病治療に新たな可能性...抗がん剤投与の実験で認知機能の改善も スタンフォード大研究

New Alzheimer’s Hope

2024年10月11日(金)17時30分
パンドラ・デワン(科学担当)
抗癌剤がアルツハイマー治療に効果がある可能性

新たな治療法は脳内に蓄積するタンパク質を標的にする従来型と異なり糖代謝改善を狙う ILDAR IMASHEV/ISTOCK

<ある種のタンパク質が脳細胞の内部などに蓄積することが原因の1つとされるアルツハイマー病だが、特定の抗癌剤には糖代謝を改善させる効果が見られた>

ある種の抗癌剤でアルツハイマー病の症状を改善できるかもしれない。そんな期待を抱かせる論文が8月22日付の学術誌サイエンスに発表された。患者の脳内で減退した糖代謝を改善する働きがあるからで、パーキンソン病を含む神経変性疾患の治療にも使える可能性がある。

アルツハイマー病は進行性の脳疾患で、いわゆる認知症の代表的なもの。アメリカだけで約580万の患者がいるとされる。思考や記憶、言語をつかさどる脳の部位が損なわれ、記憶障害や認知機能の低下をもたらす。


現段階で完全な治癒は望めないが、ある種のタンパク質が脳細胞の内部または周辺に異常に蓄積することが原因の1つとされる。また患者の脳内で糖(グルコース)の代謝能力が落ちていることも知られている。

上掲の論文を指導した米スタンフォード大学医学校の神経学者であるカトリン・アンドレアソンによれば、医療現場では糖代謝のレベルを見て「アルツハイマー病の診断を下すこともある」と言う。

糖代謝は糖分をエネルギーに変換する化学的なプロセスだが、効果的に行われないと脳のエネルギーが不足し、思考や記憶に障害が生じる。

アンドレアソンらが注目したのはIDO1と呼ばれる酵素だ。いくつかの神経変性疾患の患者の脳内では、これが通常よりも多く検出される。IDO1は免疫系の制御に重要な役割を果たしていると考えられるが、糖代謝を乱す可能性も指摘されている。

そこで研究チームは、マウスの脳内をアルツハイマー病と似た状態にした上でIDO1阻害薬を投与する実験を行った。すると脳内の糖代謝が正常に戻り、認知機能も改善したという。

「糖代謝の乱れ」に注目

アンドレアソンは実験の結果について、「糖代謝の改善が神経細胞の健康を維持するだけでなく、行動の回復にも有効だったことに驚いた」と語る。「マウスにIDO1阻害薬を投与すると、認知力や記憶力のテストで実際に成績が向上した」

IDO1阻害薬は従来、悪性腫瘍と戦う免疫系を支援する抗癌剤として用いられてきた。しかし今回の研究で、この薬がアルツハイマー病の治療にも有効である可能性が浮上してきた。

在来のアルツハイマー病治療薬は、脳内に蓄積した特定のタンパク質を除去して症状の進行を遅らせるタイプのもので、記憶や認知能力を取り戻そうとする治療薬は現時点で存在しない。その点で「糖代謝の改善に注目した治療法は新しいアプローチだ」とアンドレアソンは言う。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも

ビジネス

米バークシャー、アルファベット株43億ドル取得 ア

ワールド

焦点:社会の「自由化」進むイラン、水面下で反体制派
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 5
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 8
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 9
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 10
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中