映画界を変えた?...『ムーラン・ルージュ!』から25年、バズ・ラーマン監督の「本当の功績」
Moulin Rouge! turns 25: how Baz Luhrmann reinvented the movie musical
オーストラリアで発行された、サティーンに扮したニコール・キッドマンの切手 Oleg Golovnev-Shutterstock
<圧倒的な楽曲数とアクション映画ばりの細かいカット。ラーマンはミュージカル映画を「再発明」してしまった──>
今年はバズ・ラーマン(Baz Luhrmann)によるミュージカル映画の再発明とも言える作品、『ムーラン・ルージュ!(Moulin Rouge!)』の公開から25周年にあたる。
1980年代から90年代にかけて、映画ミュージカルが衰退傾向にあったことは疑いようがない。この時期に存在感を保っていたのは、91年の『美女と野獣』や94年の『ライオン・キング』を送り出したディズニーくらいだった。
代わりに台頭してきたのが、当時の批評家が「ミュージカル的要素を持つ映画(musically oriented film)」と呼んだジャンルだ。77年の『サタデー・ナイト・フィーバー』を皮切りに、『フェーム』(81年)、『フラッシュダンス』(83年)、『フットルース』(84年)などが続いた。
この流れは、サウンドトラックの魅力で支持を集めた作品にも広がる。例えば『トップガン』(86年)や、クエンティン・タランティーノの印象的な選曲で知られる『パルプ・フィクション』(94年)や『ジャッキー・ブラウン』(97年)、さらにノーラ・エフロンによるノスタルジックな楽曲が特徴の『めぐり逢えたら』(89年)や『ユー・ガット・メール』(98年)などが挙げられる。
こうした、どこか懐かしく耳なじみのあるポップな楽曲群は、ラーマンが新しいタイプの「ジュークボックス・ミュージカル(jukebox musical)」を打ち出す土台となった。
35年公開のミュージカル映画『トップ・ハット』に代表されるようなクラシック・ミュージカルが5曲程度で構成されるのに対し、『ムーラン・ルージュ!』は20曲以上という圧倒的な楽曲数を盛り込んでいる。
しかし、それ以上に重要なのは、これまでのミュージカルにはなかった手法で楽曲を組み合わせた点にある。
従来のミュージカルは、長回しのショットを用い、なおかつ演者から一定の距離を保ちながら、歌やダンスのシーンを構築する傾向があった。これはパフォーマンスそのものの完成度を損なわないためで、ダンサーの全身を捉えることで運動能力や表現の一体感をしっかりと伝えることが重視された。
この考え方は、たとえばフレッド・アステアの『有頂天時代』(36年)、ジーン・ケリーの『雨に唄えば』(52年)、マリリン・モンローの『紳士は金髪がお好き』(53年)などに共通して見られる。つまり、パフォーマンスの「完全性」こそが最優先だった。
しかし、ラーマンはこの常識を覆した。細かくカットを刻み、超高速で編集された歌とダンスのシークエンスを導入したのだ。
『ムーラン・ルージュ!』の平均ショット長は2秒未満とされ、当時としては非常に速いテンポだった。アクション映画であれば許容される手法だが、ミュージカルでこれほどの編集スピードが用いられた例はなかった。
ラーマンはおそらくポップミュージックの映像文化、いわゆる「MTV的美学」から影響を受けたと考えられる。このスタイルは当時、10〜15年にわたってテレビで主流となっており、彼自身もすでに『ダンシング・ヒーロー』(92年)や『ロミオ+ジュリエット』(96年)で取り入れていた。
異なる世界へと向かう物語
とはいえ『ムーラン・ルージュ!』は、ミュージカル映画の重要な特徴のひとつをしっかりと受け継いでいる。それは、登場人物がある世界から別の世界へと移行しようとする物語構造だ。
この要素は多くのクラシック・ミュージカルに共通して見られる。
たとえば『オズの魔法使い』(39年)では、ドロシーがカンザスを離れてオズの国へ向かい、やがて再び故郷へ戻ろうとする願いとして描かれる。『サウンド・オブ・ミュージック』(65年)では、マリアが修道院を離れたいという思いに表れる。
さらに『ブリガドーン』(54年)では、主人公トミーがマンハッタンを離れ、幻想的な世界で生きることを望むという形で、このテーマがより強く打ち出されている。
『ムーラン・ルージュ!』でも同様だ。クリスチャン(ユアン・マクレガー)は、現在の自分の世界を離れ、偉大な作家として生きる世界へ踏み出そうとする。一方でサティーン(ニコール・キッドマン)もまた、ムーラン・ルージュのダンサーとしての人生から抜け出し、正統派の舞台で活躍する「本物の女優」としての世界へ移行することを望んでいる。
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ミュージカル作品でよく見られるように、登場人物たちは歌やダンスを通じて新たな世界へ到達しようとする。つまり、ショーを上演することでそれを実現しようとする。これは一般に「バックステージ・ミュージカル(backstage musical)」と呼ばれる形式だ。
クリスチャンが「Your Song」を歌うとき、それはサティーンが彼に新しい世界を開いたことを示す(「君がこの世界にいることで、人生はこんなにも素晴らしい」)。一方、サティーンは「One Day I'll Fly Away」を歌い、自らが別の世界へ飛び立とうとする強い意志を明確に表現している。
では、彼らはその新しい世界へたどり着けるのか。クリスチャンについては答えはイエスだ。彼は作家となり、私たちが見ているこの映画自体が彼の語った物語である。しかし、サティーンはそうではない。彼女は命を落とす。
もちろん、ミュージカルにもハッピーエンドではない作品は存在する。『ウエスト・サイド物語』(61年)、『ファニー・ガール』(68年)、『オール・ザット・ジャズ』(79年)などがその例だ。ただし、本作のように最も華やかで中心的なスターが死を迎える構成は極めて大胆と言える。
この点でラーマンの手法は、むしろオペラ的な伝統に近い。たとえばプッチーニの『ラ・ボエーム』(1896年)や、ヴェルディの『椿姫』(1853年)に通じるものがある。
最終的に『ムーラン・ルージュ!』は、その過剰なスタイルをシンプルな信念へと収束させる。
「人生で最も大切なことは、愛すること、そして愛されることだ」
サティーンは自らが思い描いた未来へは到達できない。だが、愛は別の境界――死そのものを越えていく。クリスチャンの私的な悲しみは物語となり、歌となり、共有される。
愛は悲劇を防ぐことはできない。だが、それに形を与え、記憶として残す力を持っている。
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Richard Rushton, Professor in Film Studies, Lancaster University
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
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