最新記事

ゲーム

任天堂を追い詰めるアップルの最強戦略

2011年9月5日(月)13時05分
ファハド・マンジュー(スレート誌テクノロジー担当)

 だがスペックでかなわなくても、アップルの端末はより優れたゲーム体験をより多くのユーザーに提供している。アップルのオンラインストア、アップストアのゲームの品ぞろえは3DSよりはるかに多彩でしかも安い。iPhone向けのゲームなら1〜10ドル程度。3DS向けは30〜40ドルする。多機能端末なので、ゲームだけが目的でない人にも魅力がある。

 つまり、スマートフォンは3DSのような専用機よりはるかに多くのユーザーを引き付けられるということだ。ゲーム開発者にとっても、スマートフォン向けのゲーム開発のほうが実入りが大きい。

 アップルが任天堂にやっていることは、かつて任天堂がXboxやPS3に対して行ったのと同じことだ。ゲーマーが見下すようなスペックで、誰にでも手が届くゲーム体験を安く提供する。

 戦略は当たっている。07年以降、アップルは2億2200万台のiOS製品を販売した。携帯ゲーム機として、これほどの販売台数を誇った機種は過去にない。一部の見通しによると、世界にはiOS端末を使っているゲーマーが6000万人以上いて、彼らが1日にダウンロードするゲームの数は合わせて500万本に達するという。

キンドルの成功に学べ

 もっとも任天堂もまだ終わりではない。ゲームビジネスはもともと浮き沈みが激しい。プレステ黄金時代のソニーのように敵なしと思われた企業が、次の瞬間には敗残者にもなり得る。逆もまたしかりだ。任天堂は恐ろしく革新的な企業だ。3Dゲームは、モーションセンサーを使ったWiiのようにヒットはしなかったが、面白い3Dゲームをいくつか開発できれば、風向きは変わるかもしれない。

 だが、肝心の任天堂はまだスマートフォンの脅威にさえ気付いていないようだ。

 岩田聡社長は、ゲーム販売の在り方として繰り返しアップストアを批判してきた。岩田によれば、広告収入を見込んでゲーム開発費をただにさせたり、ソフトを1ドルや2ドルで売ったりすれば、ゲームソフト全体の質が落ちる。

「もし見過ごせば、販促の手段は値下げだけになる。そうなればゲーム業界に明るい未来は開けない」と、彼は6月の業界の集まりで語った。自社のゲームを他の端末に提供する気もない。他社の端末のシェアが任天堂の端末のシェアより大きくなってもだ。

 専用端末の生き残りも不可能ではない。アマゾン・ドットコムの電子書籍リーダー「キンドル」がいい例だ。

 アマゾンが成功しているのは、iPhone、iPadなどライバルの動向に合わせて戦略を変えてきたから。幅広い著者の本をびっくりするような低価格で売ることで、キンドルは出版業界で大きな存在に成長した。キンドルのコンテンツを独り占めしようともしなかった。アマゾンから買った本は、キンドルだけでなくiPhoneなど他のほとんどの端末で読める。

 任天堂がアマゾンの戦略をそのまままねるのは難しいとしても、安いゲームや無料のゲームを売ることはできるはずだ。そして、ビジネス環境の変化にもっと心を開いたほうがいい。新しいビジネスモデルの可能性について聞かれて、岩田は頑としてはねつけた。「任天堂としては興味がない」

 業績不振が長引けば、彼の心も変わるかもしれない。

[2011年8月10日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:米援助削減で揺らぐ命綱、ケニアの子どもの

ワールド

訂正-中国、簡素化した新たなレアアース輸出許可を付

ワールド

情報BOX:米国防権限法成立へ、ウクライナ支援や中

ビジネス

アングル:米レポ市場、年末の資金調達不安が後退 F
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中