コラム

なぜ今になって英語の民間試験導入に反発が出ているのか?

2019年09月26日(木)17時10分

本来なら民間試験はTOEFL一択で良かったはず Lamaip/iStock.

<この段階で不安や反発が出るのは、英語教育の改革が全く間に合っていないから>

2020年度から変わる大学入試で英語民間試験が導入されることに、今になって現場の高校や大学教員などから「不安だ」とか「中止せよ」という声が上がっています。確かに、批判する側の指摘も分からないではありません。ですが、色々な事情が重なった結果として、現状のような計画になったのは事実ですし、十分な周知期間があったわけですから、いまさら元に戻すことはできないと思います。

この民間試験導入ですが、個人的には以下のような経緯だったと理解しています。

サイエンスと経済を中心に、学問の世界もビジネスの世界も英語が事実上の共通語となっています。そんな時代に、いつまでも翻訳メソッド+文法メソッドという「言語ではない暗号解読」のスキルに貴重な十代の時間を浪費させては、個人の人生も国家レベルの経済も破滅します。ですから、読み書きだけでなく、聞く話すを加えた4要素の学力検査が必要というのは、遅きに失した感すらあるわけです。

その民間試験は、本来はTOEFL一択で良かったはずです。

ですが、TOEFLは米語であり、日本としては英国系の検査も入れないとバランスを欠くことになります。また、TOEFLはいくらNPOが主宰しているとはいえ、開発維持コストを全額回収するために、高額となっています。そのような高額な受験料を国費負担するわけにはいかないので、受益者負担というスキームになりました。

そして高額な受験料を受験生個人が負担するとTOEFLなど外国の団体だけを指定するのは国策として資金流出になるので、国内の民間企業にも参入を許したわけです。個人的には、今でもTOEFL一択でいいと思うのですが、そのような「大人の事情」で複数の検査から選択できるようになっていると考えられます。

種類の異なる試験の結果で比較されるのは、公平性が疑問だとか、合否判定の参考にする科学的根拠が疑わしい、と言うのは、確かにそうかもしれませんが、とにかく、このような「大人の事情」はともかく、21世紀の今日に「客観性と公平性は担保」されるが「ホンモノの言語運用能力とはほぼ無関係のペーパーテスト」によって、英語教育をゆがめ続ける余裕はもうないのです。

ただし、経済的な負担の問題については確かに問題は問題です。例えば大学への奨学金とか、高校無償化の延長で、低所得の家庭には何らかの助成をするとか、受験会場まで遠距離の移動や宿泊を強いられるケースにも何らかの支援をするということは考えられると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:軽飛行機で中国軍艦のデータ収集、台湾企業

ワールド

トランプ氏、加・メキシコ首脳と貿易巡り会談 W杯抽

ワールド

プーチン氏と米特使の会談「真に友好的」=ロシア大統

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 8
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 9
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story