コラム

「トランプ隠し」作戦が効いた、副大統領候補討論の評価

2016年10月06日(木)16時00分

Jonathan Ernst-REUTERS

<今週の副大統領候補の討論会では、共和党のペンスがトランプのことを語らない「トランプ隠し」作戦に出た。結果として、トランプを糾弾した民主党のケインにペンスが「勝利」したという評価に>(写真:トランプを糾弾するケイン〔左〕の攻撃をペンス〔右〕は完全にスルー)

 今週4日にバージニア州で行われた副大統領候補のテレビ討論は、様々な意味で注目されていました。まず、共和党のマイク・ペンス候補(インディアナ州知事)は、前週以来「国税を長期間にわたって払っていない」ことがわかって炎上中のトランプ陣営を、「救う」ことができるかどうかが話題になっていました。

 一方、民主党のティム・ケイン候補(バージニア州選出上院議員、同州の元知事)には、相方のヒラリー・クリントンが若年層の間で不人気なのをカバーするという役割、具体的には人間味や庶民性が期待されていました。

 ところがその討論の内容は、大変に奇妙な流れになりました。というのは、ペンスは「まるでドナルド・トランプという候補の存在がない」かのように振る舞ったのです。一種の「トランプ隠し」作戦です。

【参考記事】前代未聞のトランプ節税問題と奇妙な擁護論

 例えば、ケインが「トランプは税金を払っていない」と突っ込むと、ペンスは「困ったような顔をしながら首を横に振って」まるで、ケインの批判が「ウソ」であるかのようなボディ・ランゲージを見せるのです。では、その批判に対して反論するかというと、それは「一切しない」という非常に高度な作戦に出ていました。正に「トランプ隠し」の戦術です。

 それでは、ペンスは何を語ったかというと、極めてクラシックな共和党的な論法によって、民主党のリベラリズムを攻撃しました。例えば、中絶問題で強硬な姿勢を見せ、財政規律に関してはオバマ政権を批判するという論法です。そして、その「典型的な共和党右派の論法」はトランプのアナーキーな罵倒スピーチに慣れた耳には「何ともいえない懐かしさ」を感じさせました。これもまた、「トランプ隠し」に他なりません。

 そんな中で、ケインはあくまで「トランプ」にこだわりました。例えば、ペンスが「ロシアの横暴を許したのは、オバマとヒラリーの外交が弱いからだ」と攻め立てると、ケインは「そのロシアのプーチンをトランプは賞賛している」と激しく突っ込むわけです。ですが、そのケンカをペンスは「困ったような顔」でスルーする、その繰り返しでした。

 結果的に、ケインはペンスの発言を遮って「でもトランプはこう言っている」「その点についてトランプはこうも言っている」と、トランプの暴言や罵倒のセリフを持ち出して攻撃するのですが、これがどんどん空回りして行きました。何も考えずに見ていると、ケインは「とにかく相手の発言を遮る失礼な人間」とか「攻撃的に過ぎて安っぽい」というイメージを受けるわけです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国、米の半導体貿易政策を調査 「差別的扱い」 通

ワールド

アングル:米移民の「聖域」でなくなった教会、拘束恐

ワールド

トランプ氏、NATOにロシア産原油購入停止要求 対

ワールド

中国が首脳会談要請、貿易・麻薬巡る隔たりで米は未回
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story