コラム

駐韓アメリカ大使襲撃事件、アメリカの「第一報」は?

2015年03月05日(木)11時55分

 それにはオバマ政権が「2期目」のアジア外交について、何を主眼にしていたのかを考える必要があります。それは、アジアの「リバランス戦略を深化させる」方向性だという説明がよくされます。

 この「リバランス」というのは、1期目のオバマ政権が「これからはアジア重視だ」ということを言い始めた時から使用している概念で、要するに国力を拡大し、軍事的な野心を見せ始めた中国に対して「あらためてきちんとバランス・オブ・パワーを確保して抑止しますよ」というメッセージでした。

 では、2期目の「リバランスの深化」というのは、どういう意味かと言うと「軍事力だけではない、バランスの再確保」だというのです。それは、外交力を駆使して中国とのバランスを取るというもので、次の4つの意味合いを持っていると思います。

(1) 米国にとってコスト増となるような、日中の緊張拡大を外交で阻止する。
(2) 韓国が日米と距離を置いて中国と接近することで生じる外交バランスの劣化をストップして、日米韓の同盟関係を修復する。
(3) 東シナ海における緊張を緩和することで、台湾海峡の安全も確保する。
(4) 日米韓と中国の関係を改善することで、6カ国協議が機能していた時のように北朝鮮の冒険主義を封じ込めるだけの連携体制を再建する。

 リパート大使が韓国に派遣されたのは、こうした「外交のリバランス戦略」を進めていくという大きなテーマがあったと見るべきです。

 では、今回の襲撃事件によって、アメリカは「韓国の不安定な姿勢に落胆」して、「リバランス外交戦略」を修正し、「より日米関係を中心にして」アジア戦略を考えるようになるのでしょうか?

 逆だと思います。他でもないリパート大使が襲われたことで、大使自身も、国務省も、あるいはアシュトン・カーター新国防長官以下の国防総省も、そしてオバマ大統領も「あらためて外交のリバランス戦略」をより真剣に進めなくてはならないと考えていると思います。

 仮にそうであれば、安倍政権に期待されるのは「より真剣に韓国との関係修復を志向する」ことだと思われます。それも喫緊の課題としてです。「反日ナショナリストがアメリカにテロをしかけたので、残念な事件かもしれないが日米関係にはメリットがある」というような安易な発想では、外交は先へは進まないと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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