コラム

シリア戦略で迷走するアメリカの政局

2013年09月03日(火)13時10分

 イギリス議会下院がシリアに対する軍事行動案を否決し、キャメロン首相が即座にこれを受け入れたのが先週29日(木)でした。この時点から、シリア問題に関するアメリカ政界の動きは大きく混乱を始めており、現時点では「迷走状態」というところです。

 オバマ大統領は31日(土)に突如声明を出して、シリアへの軍事介入に関しては議会の承認を求めそれに従うと宣言。その米議会ですが、この問題については来週の9日(月)から審議を開始するということになりました。

 ちなみに、8月末の緊迫した状況から考えると10日も間を空けるというのは「のん気」な態度のようにも見えますが、実はこの間には「ユダヤ教新年の聖日(ロシュハシャナ)」があり、アメリカ社会としてもこれを尊重しないといけないという事情があります。

 このカレンダー上の事情ですが、ホンネの部分では「イスラエルの先制的な暴発が警戒される状況だがこの週にはなさそう」という計算、また1973年にエジプトがユダヤ教のヨム・キプールの安息日に奇襲攻撃をかけて第4次中東戦争が起きたという故事にひっかけて「イスラエルの聖日にシリア側が奇襲をかけても敗けるだけ」という暗黙のメッセージがあるとも言えるでしょう。

 いずれにしても、アメリカとしてはシリア問題というのは、シリアに加えてイスラエルの行動をどう抑制するかという問題だという理解をしている、この「空白の一週間」を置いた背景にはそうした認識が見て取れます。派生的な問題としては、7日のブエノスアイレスでの「2020年の五輪開催地投票」は、この「待機期間」内に終わることになり、それまでに米軍が行動することはなくなりました。従って、日本がアメリカに同調することで欧州の一部委員たちの不評を買うリスクは軽減されたことになります。

 それでは、この米議会における審議の行方はどうなるでしょうか? 本稿の時点では連休中(9月2日のレーバーデー)ということもあり、目立った動きは少ないのですが、とりあえず米政界の現時点での構図を見ながら、今後の審議の流れを考えてみたいと思います。

 まず、オバマ政権に対して最も厳しい批判をしているのが、野党・共和党の「新世代」で、その代表は、ケンタッキー州選出のランド・ポール上院議員です。ポール議員は2010年のティーパーティー旋風に乗って当選している「連邦政府の極小化論者(リバタリアン)」ですが、とにかく「アメリカが無関係な他国の問題に介入することには反対」という立場から、「在外米軍基地の縮小」を主張しており、今回のシリア危機に関しても「アメリカの介入には反対」という立場で一貫しています。

 そのポール議員は、毎日のようにTVでのインタビューに出てくるのですが「シリア情勢はアメリカが介入するには余りに複雑」「空爆を行うことで、化学兵器攻撃が自制されるのか、エスカレートするのか、予測するだけの材料はない」「空爆により難民流出が止まるのか、増えるのかも分からない」という論法でオバマの姿勢に「全面的に反対」という主張を続けています。このポール議員ですが、先週までは「議会決議なき参戦は憲法違反」だと主張しており、今回の「決定を議会に委ねる」というオバマの「譲歩」を引き出した功労者とも言え、存在感はどんどん増しています。

 これに対して、共和党の「長老」であるジョン・マケイン、リンゼー・グラハムの両上院議員は、連名でのステートメントを発表して「オバマの主張する限定的な空爆では、シリア危機の解決は不可能」だとしています。一見するとオバマ批判であり、「場合によっては議会決議では大統領案に反対する」という脅しもしているのですが、ポール議員のような「断固介入反対」という立場とは全く違って、介入自体には積極的です。

 共和党はこのように軍事外交タカ派的な「長老」と、クールな孤立主義とも言える「新世代」に分裂した格好です。では与党の民主党はというと基本的にはオバマに賛成しているとはいえ、こちらも複雑な事情を抱えています。カリフォルニアなどの「反戦カルチャー」の色濃い選挙区出身の議員はやはり「介入反対」ですし、一方で「迫害を受けてアメリカに来たマイノリティ」を抱える選挙区では「介入支持」の声があるというわけで、こちらも分裂しています。

 2016年の大統領選において民主党の大統領候補としての待望論がある、エリザベス・ウォーレン議員などは、オバマにベッタリという姿勢を取るわけにもいかないようで「議会決議に従うという大統領の姿勢を支持」などという、オバマを褒めているようでいて議会の優越を「良し」とするような原則論で逃げています。そんな中、ヒラリー・クリントンは今回の一連の動きの中で、ほとんど存在感を見せていませんが、下手をすると「マケインやグラハムのような旧世代のタカ派」と見られて埋没する危険もあるように思います。

 では、議会での評決はどうなるのでしょうか? 現時点では全く判りません。というのは、これから来週までの間に色々な動きがあると思われるからです。イスラエルが「ユダヤ暦新年」で静かにしているというこの期間には、まずG20があります。ここには、世界の主要な諸国が集結します。米ロのコミュニケーションは、何らかの形で水面下でも行われる可能性があるでしょうし、フランスやイギリスなども色々な外交戦に絡んで来るでしょう。中国との調整もあるかもしれません。

 また、今回のシリア危機の背後にいる存在として、イランの位置付けは大きいし不気味であるわけです。ですが、そのイランは「どちらかと言えば穏健現実派」と見なされるロウハニ大統領の新政権が8月に発足したばかりです。こちらとも、何らかの駆け引きがあるかもしれません。イスラエルも、表向きは聖日で静かにしているかもしれませんが、アメリカなどと様々な水面下の調整は続けるはずです。

 また国連の調査団による報告も出るでしょう。アメリカは「今回の攻撃はサリン」だという発表を、ケリー国務長官が行っていますが、仮にそうであれば生存者にも深刻な症状が出ているはずであるし、人口密集地で本格的に使用されたとしたら極めて深刻な事態となっていることが明らかとなるでしょう。仮にそうではない、サリンではないようだ、あるいは攻撃規模が小さいという「データ」が出れば、それはそれで影響が出てくると思われます。

 いずれにしても、今週後半の様々な外交、それぞれのプレイヤーの動向によって、アメリカ議会の態度決定は大きな影響を受けると思われます。例えば、軍事介入反対派の急先鋒であるランド・ポール議員は「ロシアを巻き込んだ外交努力の延長上に、非暴力的な政権交代を経て、アサド以外ではあるがイスラム急進派でもない安定政権が成立する」ことが地域の平和にもアメリカの国益にも合致すると主張しています。

 まるで非現実的な理想論のように聞こえますが、「その他のシナリオ」は全て地域全体に波及する破滅的なリスクを抱えていることを考えると、そのような穏健策を粘り強く説いて回ることのほうが、余程現実的だとも思えてきます。いずれにしても、現時点では事態は大変に流動的であると申し上げておきます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トヨタ、23年度は世界販売・生産が過去最高 HV好

ビジネス

EVポールスター、中国以外で生産加速 EU・中国の

ワールド

東南アジア4カ国からの太陽光パネルに米の関税発動要

ビジネス

午前の日経平均は反落、一時700円超安 前日の上げ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story