コラム

英国の経済失政で株式市場は混乱、リーマンショックの前兆なのか?

2022年10月05日(水)16時30分

英国のトラス新政権の経済失政が株式市場に影響を及ぼしている...... REUTERS/Toby Melville/Pool

<英国のトラス新政権の経済失政をきっかけとして、2008年のリーマンショックのような金融市場での危機が併発する可能性はあるのだろうか?>

米国の株式市場では9月後半にかけてダウ平均株価が3万円台の大台を割り込むなど、主要な3指数は6月の年初来安値を下回るまで下落、S&P500株価指数は9月末に年初の最高値から一時約-25%まで下落した。

9月23日に英国のトラス新政権が打ち出した財政政策が、同国のインフレを一段と高進させ、経済情勢を混乱させるとの懸念が高まった。英国を中心に長期金利が急騰して、通貨ボンドも急落。FRBの利上げへの警戒感が強まる中で、英国の金利急騰が加わったことで、市場心理は極度に悪化して株価などリスク資産の大幅な下落をもたらした。

本来、減税を含めた財政政策は、経済情勢に応じて実現するのがセオリーである。現在の英国のように、中央銀行がインフレ制御に取り組む一方で、政府が拡張的な財政政策を強めれば、経済情勢がより不安定化するのは自明である。協調されるべき金融財政政策において、トラス政権が真逆の対応を繰り出したことが今回の混乱の本質だろう。

また、英国における大幅な金利上昇は、年金ファンドがレバレッジをかけたポジションを構築していたので、債券価格目減りで証拠金が不足するに至り、自己実現的に債券売りが売りを呼び、金利上昇に拍車にかけたと報じられている。

この問題への対応で、年金資産維持と金融システムの秩序を保つために、英中銀が9月28日に超長期国債を制限を設けずに購入するとして、英債券やポンド売りが止まった。更に緊急措置が発動されているこの期間に、トラス政権は10月3日に高所得者に対する減税政策の修正に動いた。この政策修正をうけて、英国のパニック的な金利上昇局面は一旦収まったとみられる。

米欧株市場が急反発しているが......

このため、10月に入り、9月末まで下落していた米欧株市場が急反発している。ただ英国の減税政策の修正は、トラス政権が掲げる拡張的な財政政策のごく一部である。減税幅の縮小や歳出抑制など更なる修正を行わなければ、9月20日以前の水準に英国の長期金利が低下する可能性は低いのではないか。

また、英国政府が拡張財政施策で景気押し上げを目指しても、その分、高インフレを制御する中銀による利上げ幅が大きくなるので、その景気押し上げ効果がほとんど表れない。経済政策への不信感で、金融市場の動揺が長期化するなど、経済活動への下押しが強まりかねない。

結局、政治的な強い動機があっても、経済情勢に見合わない金融財政政策は、多くの場合混乱や経済停滞を招くという望ましくない事態を引き起こす。今後の政策対応次第ではあるが、このまま経済情勢に応じた適切な金融財政政策が実現しなければ、英国経済は低成長となり国民が大きなコストを払う、という教訓が繰り返されるリスクが高いのではないか。

英国の混乱の長期化は、世界の株式市場の趨勢に影響を及ぼすのか?

ところで、英国で危ぶまれている経済政策の失政をみて、筆者の頭に浮かんだのは、記憶に新しい日本の経済政策の失敗である。2008年のリーマン危機発生から2012年まで、日本では深刻なデフレと経済停滞下で、「不十分な金融緩和」と「増税政策」という緊縮的な経済政策が続いたのは失政だったと言えよう。現在の英国は方向は異なるが、このままでは同様に典型的な経済失政と評価されるリスクがある。先進国であっても、政治情勢次第で経済失政は起こり得るということである。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ビジネス

英GDP確報値、第4四半期は前期比+0.1% 景気

ビジネス

米テスラのマスク氏、訪中を計画 李首相との面会模索

ビジネス

情報BOX:半導体製造装置の輸出規制、対象品目と企

ビジネス

シェル、再生エネ・低炭素事業の組織再編

今、あなたにオススメ

MAGAZINE

特集:小泉悠×河東哲夫 ウクライナ戦争 超分析

2023年4月 4日号(3/28発売)

戦争の「天王山」/ウクライナ戦車旅団/プーチンの正体......。日本有数のロシア通である2人の特別対談・前編

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    生地越しにバストトップが... エムラタ、ばっさりショートに「透け過ぎ」衣装でベッドにごろり

  • 2

    北朝鮮軍の「エロい」訓練動画に世界が困惑!

  • 3

    女性兵士50人が犠牲に...北朝鮮軍が動揺した「鬼畜事件」

  • 4

    北朝鮮の「プリンセス」キム・ジュエ、栄養失調の国民よ…

  • 5

    ロシアとの戦いで「ウクライナ軍は世界一の軍隊にな…

  • 6

    【レア動画4選】ウクライナとロシア戦車の一騎討ち<…

  • 7

    金融のドミノ倒し、次はドイツ銀行か

  • 8

    大事な部分を「羽根」で隠しただけ...米若手女優、ほ…

  • 9

    習近平とプーチンの「兄弟関係」が逆転...兄が頼りの…

  • 10

    大丈夫? 見えてない? テイラー・スウィフトのライ…

  • 1

    生地越しにバストトップが... エムラタ、ばっさりショートに「透け過ぎ」衣装でベッドにごろり

  • 2

    「見られる価値のない体なんてない」 車椅子に乗った障がい者女性が下着モデルに...批判にも大反論

  • 3

    大丈夫? 見えてない? テイラー・スウィフトのライブ衣装、きわどすぎて観客を心配させる

  • 4

    金融のドミノ倒し、次はドイツ銀行か

  • 5

    北朝鮮軍の「エロい」訓練動画に世界が困惑!

  • 6

    女性兵士50人が犠牲に...北朝鮮軍が動揺した「鬼畜事…

  • 7

    大事な部分を「羽根」で隠しただけ...米若手女優、ほ…

  • 8

    北朝鮮の「プリンセス」キム・ジュエ、栄養失調の国民よ…

  • 9

    「次は馬で出撃か?」 戦車不足のロシア、1940年代の…

  • 10

    「ベッドでやれ!」 賑わうビーチで我慢できなくなっ…

  • 1

    大事な部分を「羽根」で隠しただけ...米若手女優、ほぼ丸見えドレスに「悪趣味」の声

  • 2

    推定「Zカップ」の人工乳房を着けて授業をした高校教師、大揉めの末に休職

  • 3

    【写真6枚】屋根裏に「謎の住居」を発見...その中には...

  • 4

    ざわつくスタバの駐車場、車の周りに人だかり 出て…

  • 5

    生地越しにバストトップが... エムラタ、ばっさりシ…

  • 6

    年金は何歳から受給するのが正解? 早死にしたら損だ…

  • 7

    【悲惨動画3選】素人ロシア兵の死にざま──とうとう…

  • 8

    プーチンの居場所は、愛人と暮らす森の中の「金ピカ…

  • 9

    ウクライナ軍兵士の凄技!自爆型ドローンがロシア戦…

  • 10

    「この世のものとは...」 シースルードレスだらけの…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story