コラム

中国は景気刺激のアクセルを踏むのか踏まないのか

2016年03月08日(火)19時00分

成長率目標6.5~7.0%には、中国指導部の迷いが表れている(3月5日に幕を開けた全人代) Damir Sagolj-REUTERS

 目下、中国で全国人民代表大会(全人代)が開かれています。今年は第13次5か年計画(2016年~2020年)の最初の年ですから、この大会で今年の方針だけでなく、今後5年間の方針も決めます。3月5日には李克強首相が政府活動報告を行い、今年の経済成長率の目標を「6.5~7.0%」と定めると発表しました。一方、5カ年計画の方では5年間の平均の経済成長率の目標を「6.5%以上」とする見込みです。

【参考記事】中国の成長率は本当は何パーセントなのか?

 まず後者について述べますと、6.5%以上という目標値は習近平指導部が定めた「2020年の国内総生産(GDP)、都市と農村の一人あたり収入を2010年の2倍にする」という目標に沿っています。GDPを10年間で2倍にするには年平均7.2%の成長が必要ですが、最初の5年間はおおむねそれを上回るペースで成長したので、あとの5年間は年平均6.54%で成長すれば目標を達成できるのです。

景気刺激が先か、構造改革が先か

 それならば5か年計画の最初の年である2016年も6.5%とすればよさそうなものなのになぜ「6.5~7.0%」としたのか? それは中国の指導部のなかで、今年は景気のさらなる減速を我慢してでも過剰生産能力や過剰債務の整理を徹底すべきなのか、それとも経済の減速を深刻にとらえて、より積極的な景気対策を打ち出すのかという2つの方針の間での迷い、あるいは意見対立があったからだと思います。「6.5%」は前者の方針、「7.0%」は後者の方針を代表しています。

 でも果たして「6.5%」と「7.0%」の間にそんなに大きな違いがあるのか、と思う人も多いでしょう。私も本当は大して違わないと思います。しかし、昨年から中国のGDP統計は0.1%刻みの動きによって景気の良し悪しを表現するようになりました。2015年は目標が「7%前後」で実績は6.9%ですから十分に目標が達成されたと評価してもいいところですが、中国国内でも海外でも中国経済の「減速」が意識されています。

 前にこのコラムで論じたように、本当の成長率がこれより低かったから減速感が強いのだと思いますが、本当の数字がいくつであれ、今の中国の公式統計では目標値を0.1%ポイント下回っただけでも何か重大な問題が起きていると思われてしまうほど微妙な動きになっているのです。

 だから「6.5%」と「7.0%」では大違いなのです。6.5%だと去年よりいっそう景気が悪くなることを覚悟するということだし、7.0%だと去年より景気を良くするために景気刺激策をとるのではないかという期待が生じます。

 ここで2008年以来の毎年3月の全国人民代表大会で打ち出されたその年のGDP成長率の目標と実績とを眺めてみましょう。

    目標      実績
2008年 8%前後    9.6%
2009年 8%前後    9.2%
2010年 8%前後    10.6%
2011年 8%前後    9.5%
2012年 7.5%      7.7%
2013年 7.5%前後   7.7%
2014年 7.5%前後   7.3%
2015年 7%前後    6.9%
2016年 6.5-7.0%    ?

 まず2008年から2011年までは目標はずっと「8%前後」で、実績がそれをかなり上回っていました。この頃は、中国経済が過熱しがちなのを抑えるのが目標値の役割だったことがうかがえます。日本では安倍政権がGDP600兆円という目標をぶち上げましたが、日本では政府が到底実現できそうもない高い目標を出したからといってそれを真に受けて投資に走る企業もいませんから政府が過大な目標を打ち出してもそれほど害にはなりません。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:ウクライナへの軍事支援、国防産業の強化に

ワールド

米政権の大規模減税・歳出法が成立、トランプ氏が署名

ワールド

EU、米関税期限前の合意ほぼ不可能に 現状維持を目

ワールド

ハマス、米停戦案に「前向き」回答 直ちに協議の用意
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    「登頂しない登山」の3つの魅力──この夏、静かな山道…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    1000万人以上が医療保険を失う...トランプの「大きく…
  • 10
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 8
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 9
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 10
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story