コラム

東京で起きた中国人女性殺人事件、日本は無関心のままでいいのか

2017年11月28日(火)18時56分

残忍な事件で一人娘を失い、裁判を前に来日した江秋蓮さん(写真提供:筆者)

<昨年11月、東京都中野区で中国人の大学院生が友人の身代わりになって刺殺された。日本ではあまり報じられていないが、中国では連日トップニュース。母子家庭の1人娘を失った母親は容疑者の死刑を求めている>

こんにちは、新宿案内人の李小牧です。いま中国で一番注目を集めている事件をご存じだろうか。それは日本で起きた殺人事件だ。

連日トップニュース、200万の署名を集める「江歌事件」とは何か

2016年11月3日未明、東京都中野区で中国人の大学院生、江歌さんが刺殺された。容疑者は中国人留学生の陳世峰。江さんのルームメイトの元交際相手で、事件の2カ月前に別れた後、追跡したり脅迫したりとの嫌がらせを続けていた。事件当日、江さんとルームメイトの女性2人は一緒に部屋に戻った。ルームメイトが先に部屋に入ったところで陳が現れた。そして、江さんと言い争いになり、凶行に及んだのだった。

この1年余りというもの、「江歌事件」は中国で注目を集めてきた。特に12月11日の日本での裁判を前に報道は過熱し、連日のようにトップニュースとなっているほどだ。なぜ中国の人々はこれほど事件に注目しているのか。それには3つの理由がある。

第一に善良な女性が友人の身代わりになって殺されたこと。江さんが母子家庭出身で、たった1人の娘を失った母親の悲痛な思いに胸を打たれたという同情だ。

そして第二に事件に多くの不可解な謎が残されている点だ。謎の多くはルームメイトにまつわるものだ。別れてから2カ月間も陳の嫌がらせを受けおびえてきたのに、江さんが警察に通報するよう進めても同意しなかったこと。事件の直後、警察の調べに犯人の見当がつかないと答えていたこと。犯行時に家に閉じこもって江さんを助けようとしなかったらしいことなどだ。これらの疑問にルームメイトは答えていない。

それどころか自らを救った江さんの遺族にも会おうとしなかった。事件から9カ月が過ぎた今年8月になって、中国世論の批判にさらされてようやく江さんの母親と面会したが、新たな事実は明らかとなっていない。

第三の、そして最大の要因は江歌さんの母、江秋蓮さんの行動だ。「娘は私の人生の全てだった」と語る江秋蓮さんは今年8月から「陳世峰の死刑を求める署名活動」を中国で行っている。

この活動が中国社会で大きな反響を呼んだ。一人娘を失った辛さはよく分かると賛同する人が多く、200万人を超えるネット署名を集めているほか、支援の寄付を行った者も少なくない。その一方で「娘の死を口実に金儲けしている」「日本に留学するなど売国奴だ」といった心ない批判も寄せられている。実際には江秋蓮さんは心労の余り仕事ができなくなり、自宅まで処分して活動資金を捻出しているのだが。

プロフィール

李小牧(り・こまき)

新宿案内人
1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相

ワールド

アングル:ベトナムで対中感情が軟化、SNSの影響強

ビジネス

S&P、フランスを「Aプラス」に格下げ 財政再建遅

ワールド

中国により厳格な姿勢を、米財務長官がIMFと世銀に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 4
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 5
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 6
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 7
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 8
    【クイズ】世界で2番目に「金の産出量」が多い国は?
  • 9
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 10
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 6
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 10
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story