コラム

EU離脱後の英国を「呪縛」から解放する「ウルトラC」? 勝負に出たスナク首相

2023年02月28日(火)18時37分
イギリスのリシ・スナク首相

イギリスのリシ・スナク首相 Shag 7799-Shutterstock

<EU離脱後のイギリスに残った「棘」であり、これまで誰もが解決不能と考えてきた北アイルランド問題に真っ向から挑むスナク首相>

[ロンドン]英国の欧州連合(EU)離脱の棘として残された北アイルランド議定書を「ウィンザー・フレームワーク」に改定することでリシ・スナク英首相と欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長が2月27日合意した。このあとチャールズ国王はウィンザー城でフォンデアライエン氏に謁見、議会採決を待たずに「国王裁可」を与える形を演出した。

2020年1月末に英国はEUを離脱、同年末に移行期間が終わったものの、英国本土との取引に煩雑な通関が発生したため、北アイルランドの一部から不満が噴出した。スナク氏はボリス・ジョンソン元英首相のようにEUとの対立を意識的に煽る政治パフォーマンスを避け、消費者やビジネスの実利を優先させた結果、EUの譲歩を引き出すことに成功した。

島国の英国は北アイルランドとアイルランド間に唯一の陸続きの国境がある。3600人以上の犠牲者を出したプロテスタント系住民とカトリック系住民の北アイルランド紛争を再燃させないよう、英国がEUを離脱した後も北アイルランドとアイルランド間に「目に見える国境(ハードボーダー)」を復活させないことで英国、EU双方が合意した。

しかしEU離脱を急いだジョンソン氏は、北アイルランドが離脱後もEUのルールを受け入れることで妥協した。このため英国のルールに基づいて製造された食品をそのまま北アイルランドに運んで販売できない状況に陥った。スーパー、レストラン、卸売業者は500枚もの証明書が求められるようになった。

「緑のレーン」と「赤のレーン」

スナク氏はフォンデアライエン氏との共同記者会見で「私たちは3つの大きな一歩を踏み出した。今日の合意により英国内貿易の円滑な流れが実現する」とウィンザー・フレームワークの内容を説明した。北アイルランド向け貨物は新しい「緑のレーン」に、EUに流入する恐れのある貨物は「赤のレーン」に分けて「緑のレーン」の通関を廃止する。

スナク氏は「英国のスーパーに並ぶ食品を北アイルランドのスーパーにも並べられる。友人や家族に小包を送ったりオンラインで買い物をしたりする人は通関のペーパーワークが必要なくなる。すなわち(英国本土と北アイルランド間の)アイリッシュ海に国境が発生する感覚をなくせる」と語った。首相というより、まるでビジネスマンのような語り口だった。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場・午前=ナスダック一時1週間ぶり安値、

ワールド

プーチン氏、マドゥロ政権に支持表明 経済協力も協議

ワールド

米印首脳が電話会談、二国間関係や国際情勢など協議

ビジネス

米9月貿易赤字10.9%減、予想外の縮小 20年6
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキャリアアップの道
  • 2
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 3
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれなかった「ビートルズ」のメンバーは?
  • 4
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 5
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 6
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 7
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナ…
  • 8
    ピットブルが乳児を襲う現場を警官が目撃...犠牲にな…
  • 9
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 10
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story