コラム

フランス大統領選で首位を走る極右・国民戦線 「ラストベルト」という悪霊

2017年02月13日(月)15時40分

仏大統領選に向けて気勢を上げる国民戦線のルペン党首 Robert Pratta-REUTERS

<アメリカでトランプを当選させた「さびついた工業地帯」が、フランスでも極右大統領を生むかもしれない>

仏大統領選が近づくにつれ、フランスでも「ラストベルト(さびついた工業地帯)」がニュースで繰り返し取り上げられるようになった。ベルギーやルクセンブルクとの国境に近い北東部のアヤンジュ。人口1万5800人の小さな町の主要産業は鉄鋼業だった。2015年の粗鋼生産量は中国が8億380万トンで世界トップ。2位日本の1億520万トン、4位アメリカの7880万トンに比べても、フランスの1500万トンは15位と遠く及ばない。

kimura20170213141201.jpg

製造業の衰退と極右支持

フランスの鉄鋼業は国際競争力を失い、製鉄所の閉鎖が相次いだ。プラントが一つだけ残ったアヤンジュの失業者は過去10年で75%も増えた。職を失ったホワイトワーキングクラス(白人労働者階級)は国境を越えて働きに出る。彼らは社会主義か共産主義を支持していたが、今は、欧州連合(EU)離脱、移民・難民排斥を唱える極右政党「国民戦線」の信奉者だ。

アヤンジュのフェビアン・オンジルマン町長(37)もかつては労働組合で活動する共産主義者(トロツキスト)だった。が、「左派に裏切られた。彼らはフランスの地方労働者、中産階級、零細業者を見殺しにした」と2010年に国民戦線に加わり、4年後、国民戦線の候補者として町長選に当選した。昨年からはグレーター・イースト地方圏議会の議員も兼務する。

オンジルマン町長は、「アメリカ・ファースト(米国第一)」を唱えるトランプ米大統領と同じように地元のホワイトワーキングクラスを最優先にするよう訴える。「白人保護」を怠ったとして行政を批判し、移民・難民に対する排外主義をあおる。貧困者だけでなく移民・難民も支援するアヤンジュの市民団体は立ち退きを迫られ、電気と暖房を止められた。

町長が左派に裏切られたと感じるのは、左派は「国境を開けば人の交流や経済活動が活発になり、平和と繁栄が訪れる」と唱えたのに、アヤンジュでは製鉄所が閉鎖され、仕事はなくなり、生活が苦しくなったからだ。しかし、「フランスファースト」を唱える国民戦線の愛国主義は、排外主義と表裏一体だ。

ラストベルトはご存知の通り、アメリカの中西部地域から大西洋岸中部地域にかけて広がる「さびついた工業地帯」が語源だ。この言葉は米大統領選を通して反グローバリゼーションの象徴になった。中国が「世界の工場」として驚異的な経済発展を遂げた反面、中国に仕事が奪われた先進国では重工業と製造業の集積地が衰退し、工場や機械がさびついたまま放置された。

ベルリンの壁崩壊とグローバリゼーションの加速でソ連は1991年、瓦解した。ロシアのプーチン大統領は、ソ連を最初の犠牲者にしたグローバリゼーションを目の敵にし、国営メディアやソーシャルメディア、そして偽ニュースをまき散らすトロール部隊を駆使して反グローバル・キャンペーンを世界中で展開する。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い

ビジネス

米PCE価格指数、インフレ率の緩やかな上昇示す 個
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 7

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 8

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story