コラム

「最も巨大な国益の損失」を選択したイギリス

2017年04月03日(月)05時50分

真珠湾攻撃前の日本では、一部に合理的な思考からアメリカとの衝突を回避する必要性を説く者が存在した。また、東条英機首相自体がきわめて官僚的で実務的な思考の持ち主であった故に、戦争を回避して外交的な合意に到達する可能性も皆無ではなかったはずだ。しかしながら、日本政府内には譲歩を語ることが難しい、柔軟性が欠如した空気が満ち溢れ、またイデオロギー的にアメリカの行動を批判するほうが容易かった。

硬直的なEU批判を行い、イデオロギー的に「ハード・ブレグジット」を求める姿勢が優勢となっている今のイギリス政府もまた、同じような柔軟性と合理的な精神が欠如した空気が満ちているのではないか。

それは、2016年6月23日のイギリス国民の選択の結果でもある。国民投票は、その後に国益を破滅的に損なうような結果になった際には、責任の所在が不明確である。おそらくはそのような結果になったときには、もはやデヴィッド・キャメロン前首相も、テリーザ・メイ首相も、ボリス・ジョンソン外相も、デヴィッド・デーヴィス離脱相も政治の舞台から退いており、だれもがその責任をとろうとせず、だれもがその帰結を批判するような「無責任の体系」が生まれているのではないか。

それを示すように、デーヴィス離脱相は、EU離脱通知の後に、うまく進展すればEU離脱はイギリスにとっての利益になると、条件付きの楽観論へと後退している。おそらくそれは、EU離脱が巨大な不利益を生んだ際に、それを自らではなくてメイ首相の責任にするための伏線であろう。

それを示唆するように、保守党の長老である元副首相のヘゼルタイン卿は、メイ首相による離脱通知を受けて、「これは私が知る限り、最も巨大なイギリスの国益の損失となるであろう」と批判している。はたしてメイ首相には、そうならないようにするための政治的な指導力があるのかどうか、これから問われることになるだろう。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは一時156.21円、34年ぶり高値

ビジネス

日経平均は反発、日銀現状維持で一段高 連休前に伸び

ビジネス

ANAHD、今期営業益予想18%減 コロナ支援策の

ビジネス

村田製、発行済み株式の2.33%・800億円を上限
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story