コラム

素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱

2025年12月22日(月)19時30分


nomura_profile.jpg 理論物理学者、カリフォルニア大学バークレー校教授
野村泰紀(のむら・やすのり)
1974年生まれ。東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。ラインウェバー理論物理学研究所所長、ローレンス・バークレー国立研究所上席研究員、理化学研究所客員研究員、東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構連携研究員。専門は素粒子論、宇宙論。『なぜ宇宙は存在するのか』(講談社)、『95%の宇宙』(SB新書)など著書多数。

野村 ところで、バケツを自分のまわりでぐるぐる回そうと思ったら、紐つけて手で引っ張らないといけませんよね。でも、太陽と地球の間には紐はありません。なのに何で地球が太陽の周りを回ってるかと言うと、重力で引っ張られて回っているのです。

重力がどのくらいあるかで、どのくらいのスピードで回せるかが決まります。ということは、どのくらいのスピードで回ってるかを見れば、どれだけものがあるかが分かります。

そういうふうにして銀河系を見てみると、端っこの星は銀河の中心の周りを回っています。この回っているスピードは測れて、それを見ると、この銀河系はどれだけの重さがあるかが分かるんです。ところが、原子などは星になったり星の間のガスになったりしているのですが、そいつらの重さを全部足していっても、6分の1ぐらいにしかなりません。

ダークマターが"見える""分かる"とは

 だから分かっている5%の5倍の25%ぐらいが、質量はあるのだけど見えていないということで「ダークマター」なのですね。

野村 そうです。ダークマターというと、全く分かってないみたいな言い方を一般向けにするときもありますよね。すると「なんでまったく分かっていないのに、25%あるって分かるんだよ」ということになります。でも、全部が分かっていないだけで、分かっていることもあります。エネルギー密度も分かっているし、分布もある程度分かっています。

銀河の周りには、実は見えてない物質があるはずなのです。でも、見えていないことはそんなに特別なことではありません。すでに分かっている物質の中に「ニュートリノ」というものがあるのですが、これも見えません。

見えるためには光を出したり吸収したりしなくてはならないのだけれど、光を出さなかったり吸収しなかったりする物質なんていっぱいあるので、ダークマターもそのうちの1つだということです。

 小さい粒子すぎて捉えられないとかではなくて、光や、私たちが今、分かっているものと相互作用をしてくれないから、見えていないってことなのですか。

野村 そうですね。もし光と相互作用したとしても、たとえば暗い衛星とかは見えません。だから、ダークマターがあるということが重力で分かったときは、最初に「どうせ暗い天体だろう」とかをもちろん疑いました。

それで、そういう可能性を全部消していったんですよ。暗い天体じゃありえないとか。今は宇宙の初期の歴史が分かるので、僕らの知ってる原子とか電子の総量っていうのが直接測れるので、そういうものではないということはもう分かっています。

ところで、僕らが今知ってる素粒子は、数え方にもよりますが17種類です。電子とかニュートリノとかですね。これらがどういう風に振る舞うかは、すでに綺麗な理論ができていて「素粒子の標準模型」と言います。最初はダークマターも当然、この模型にでてくる素粒子のどれかだろうと考えて、1個ずつ調べていったんですよ。

akane_nomura_7.jpg

ニューズウィーク日本版-YouTube

 素粒子は物質の最小単位とされているもので、「宇宙の理(ことわり)を記述する最小単位」と考えられるから、なんらかの物質であるはずのダークマターも素粒子で表されるはずなんですね。

野村 でも、標準模型の中のどれだとしても矛盾するんですよ。ということは、17の素粒子の中に入っていないものらしいと。細かいことは分からないけれど、17種類の素粒子に入らないものが周りに分布していて、5倍の量があるってことだけは分かっている。

ちなみにダークマターの分布もある程度分かってます。ほぼ球状です。だから、我々には銀河系は円盤型をしているように見えるのですが、もしダークマターが見える生物がいたら「銀河は円盤型ではなくてまん丸だ」と言うはずです。

つまり銀河系は我々が思っているよりも何倍も大きいということなのですが、これはかつての太陽系に対する認識のようなものです。太陽の重力圏は、昔は冥王星までぐらいだと思っていたのですが、実はもっとはるかに大きいことが今では分かっています。

銀河系もそうで、単純に「見えるところ」よりも銀河系の重力が効いてる領域はもっとでかくて、ダークマターはそこら辺まで及んでいる。だから「ダークマターは分かっていない」とよく言われるけれど、「どの時点で『分かった』と言うか」という問題なんですね。

 つまり、今やっている「ダークマターを探す研究」と言われてるものは、「どこまで精密に記述するか」を求めてやっているということなのですか。

野村 そうです。今やダークマターを含めて考えないと、宇宙の理論と実際の観測が合わないのは事実なんですよ。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

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