最新記事
韓国社会

奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

SKY-HIGH ELDERLY POVERTY

2024年5月14日(火)15時30分
金敬哲(キム・キョンチョル、ジャーナリスト)
ソウルの繁華街・江南近くのスラム街

ソウルの繁華街、江南に近いスラム街にも多くの高齢者が暮らす(2020年11月) JEAN CHUNGーBLOOMBERG/GETTY IMAGES

<年金制度の不備と核家族化の進行から極度の貧困に追い込まれる高齢者たち>

K-POPや韓流ドラマなどで世界中の若者たちの憧れの的となっている韓国は、世界で類を見ない高度圧縮成長を成し遂げた「奇跡」の国でもある。

朝鮮戦争直後の1953年の1人当たりの国民所得は66ドルで世界最貧国の1つだった。それから70年が過ぎた2023年の国民所得は3万3745ドルへと500倍以上に増加し、今や世界10位ほどの経済大国となった。国連開発計画(UNDP)が187の加盟国を対象に国民の総体的な生活の質を計量化した「人間開発指数(HDI)」によれば、22年の時点で韓国はアメリカと日本を抜いて世界で19番目に暮らしやすい国となっている。

だが、この豊かで暮らしやすい国を築き上げた韓国の高齢者たちは、いま世界で最も過酷な環境に置かれている。年長者を敬う儒教の伝統から、韓国は長らく世界最高の「敬老社会」と称賛されてきた。しかし、OECD(経済協力開発機構)が加盟国を対象に集計を開始した09年以降、韓国は高齢者の相対貧困率(可処分所得が国民の中央値の半分に満たない人の割合)がずっとワーストという不名誉な地位にある。


 

華やかな首都ソウルの中心部に位置する鍾路3街(チョンノサムガ)は、社会の中心からはじき出された高齢者たちの「聖地」だ。3つの地下鉄路線が交差する交通の要衝であるこの場所には、ソウルだけでなく仁川市や京畿道など、地下鉄がつながっている各地から高齢者が集まってくる。韓国政府が高齢者福祉の一環として、84年から65歳以上を対象に地下鉄の無料乗車制度を実施しているため、交通費の負担がないからだ。

80歳のコという名の男性は、京畿道富川市にある自宅を朝6時前に出て地下鉄に乗り、7時頃に鍾路3街に到着した。まず近くの無料給食所に向かい、8時半から配られるおにぎりをもらうため列に並んだ。おにぎり1個で朝食を済ませると、200ウォン(1ウォンは約0.11円)の自販機のコーヒーを飲みながら鍾路3街のパゴダ公園に座って時間をつぶした。

newsweekjp_20240514053115.png

一日も休めない無料給食所

午前11時頃になると、再び近くの無料給食所に足を運び、昼食を済ませる。昼食の後は、もう一度自販機のコーヒーを飲みながら、街中で同年代の人々が将棋を指すのを見物したり、公園を散歩したりして時間を過ごす。夕方になると、ラッシュアワーになる前に地下鉄に乗って家に戻る。

新型コロナで妻を亡くしたコは、ほぼ毎日、鍾路3街に通っている。一人息子とはもう10年以上も連絡が途絶えている。政府からの毎月約30万ウォンの基礎年金と、たまにありつける短期アルバイトの賃金がコの収入の全てだ。

「鍾路3街まで出ると、ポケットに400ウォンさえあれば2食とコーヒー2杯を飲むことができ、通り過ぎる人々を見物しながら時間を過ごすことができる」と、コは言う。地下鉄の無料乗車制度は、居場所のない高齢者たちには何よりありがたい福祉に違いない。

鍾路3街の一帯には、このような高齢者向けの常設の無料給食所が3カ所もある。いずれも民間団体が個人からの支援金を基に運営している。

このうち仏教団体が運営する無料給食所は、365日休むことなく、朝と昼の1日2回、500人余りの高齢者に無料で食事を提供している。担当者によると、コロナ禍の後は訪れる人が増えているが、不景気で支援がかなり減っていて運営は苦しい。

「以前ここに来る高齢者は200人程度だったが、コロナ禍が明けてからは増えた。コロナ禍の頃は全国の無料給食所がほとんど閉鎖されたため、地方から3~4時間かけて毎日来る人もいた」と、担当者は言う。「最近は物価が跳ね上がり、ご飯とスープ、おかず3種類でキムチも付かない粗末な食事しか出せないが、ここでしか食事を取れない人も多い。それを考えると、一日も休むわけにはいかない」

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECBの賃金トラッカー、段階的な伸び率正常化を示唆

ビジネス

長期金利が26年ぶり水準に上昇、日銀利上げ継続観測

ワールド

中国、米の対台湾武器売却に反発 「強力な措置」警告

ビジネス

MUFGがインドに本格進出、ノンバンク大手に20%
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 7
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 10
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中