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感情を込めると負ける⁉️ 音声分析ソフトに奪われたカラオケバトル番組の魂

Losing the Soul of Karaoke

2020年11月04日(水)17時00分
ダン・コイス

『シング・オン!』の司会はバージェス(中央)だが、審査員は人間ではない NETFLIX

<ネットフリックスが配信中の『シング・オン!』はカラオケの本当の魅力を誤解している>

『シング・オン!』はネットフリックスが配信するカラオケバトルのリアリティー番組。スぺイン編、ドイツ編に続き、アメリカ編が9月に始まった。

司会は人気俳優のタイタス・バージェス。「このショーの審査員は1人だけ。でも僕じゃない」と、彼は言う。審査をするのは「ボーカル・アナライザー」という音声分析ソフト。画面には参加者6人が歌う曲の歌詞とともに、音程がどれだけ正確かを示す数字が表示される。

高得点を取った人が次のラウンドに進む一方、点数が低いと、最高6万ドルの賞金を手にする可能性も低くなる。

楽しい番組ではある。バージェスは派手な衣装でハイテンションの進行を見せる。6人の参加者はそれぞれ曲の一部を歌うのだが、順番を知らされないという仕掛けもいい。

ところが、全く胸が躍らないのだ。歌われるのはマドンナの「ライク・ア・ヴァージン」やマライア・キャリーの「ヒーロー」など、ワクワクするようなカラオケの超定番ばかりなのに、いったいどういうことだろう?

カラオケの醍醐味とは歌い手の勇気、才能、情熱、そして自分なりに歌ってやろうという心意気だ。音声分析ソフトによる採点は、この「自分なりに歌う」というコンセプトの対極にある。『シング・オン!』では、原曲を正確になぞらないと失格するのだ。

初回第1ラウンドの課題曲は、マルーン5の「ムーブス・ライク・ジャガー」。勝ち上がったのはウーバー運転手のセシで、ボーカルのアダム・レヴィーンの早口で畳み掛けるような歌い方をうまくまねていた。

一方、生き生きと歌ったスタイリストのテルバンはレヴィーンの100倍くらい魅力的だったが、音声分析ソフトの正確度の採点は38%だった。「賞金が欲しければ、メロディーに忠実であれ!」と、バージェスは念を押す。カラオケを退屈なものにしたいなら、これに勝るアドバイスはない。

感情を込めると負ける

参加者たちは回を追うごとに慎重になっていった。歌を聴かせる相手は人間の聴衆ではなくソフト。いい歌いっぷりだと感じるパフォーマンスは、いつも正確度の採点が低いのでがっかりする。

筆者の不満が最高潮に達したのは、1980年代ヒット曲の回だ。3人に絞り込まれた参加者への課題曲は、カラオケにぴったりのハートの「アローン」。高音を出せれば最高の歌声になるし、感情を爆発させられれば聴衆が熱くなる決めのフレーズもある。

この回では、軍隊勤務から看護師に転じた女性グリニスが全身全霊を込めて歌い上げた。ほかに残っていた2人は勝負に出ず、実に手堅く音程を押さえた。感情移入したグリニスは脱落した。

ソフトに任せっ放しのスぺイン編とドイツ編が気になったのか、アメリカ編では「人間味」がちょっぴり加えられた。毎回、司会のバージェスが最高と見なしたパフォーマンスに500ドルの「タイタス賞」が贈られるのだ。「歌の出来とは関係ない。怖がらずに気持ちを込めて」と、バージェスは言う。

だが他の参加者と僅差で競っているときに、果たして気持ちを込めることができるのか。それはきっと無理だろう。ある回でタイタス賞に輝いたのは、序盤で敗北が決まっていた参加者だった。

©2020 The Slate Group


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