コラム

ブルカを着る自由まで奪うな

2010年05月10日(月)09時59分

 ちょうど3年前の5月、休みを利用してイランの友人を訪ねた。着陸直前になると、お決まりの機内アナウンスが。「女性の方はヘジャブ(ヘッドスカーフ)を着用してください」

 うっとうしいけど仕方ない。郷に入れば郷に従え。日本でストールとして使う1枚をかぶった。

 1週間の滞在中は友人宅に居候させてもらった。彼女は20代後半。おしゃれしたい女心はどこも同じ。色やデザインの違う、何十枚もあるヘジャブの中から、その日の服装に合う1枚を選ぶ。本当は前髪を出しちゃいけないのだが、ゆるめにかぶってできるだけ前髪を出す。

 でも出かける前には母親のチェックが入る。彼女のママさんは、どちらかというと保守的。「ちょっと派手すぎるんじゃない?」と、着替えさせられた日もあった。ママさん自身の考えもあるが、娘が外で「服装の乱れ」で風紀警察に注意されないように、という心配もあった。

 ママさんは服装もヘジャブも地味めで、髪も一切見えないようにすっぽりかぶる。すごくきれいな顔立ちをしてるからもったいないと思ったけど、しょうがない。だって、それがママさんの信条なんだから。(布で顔や身体を覆うことが本当にイスラムの教えなのかどうかは別として)そういった強い信念を持てることが素敵だとも思った。

 と、これはイランのお話。ヘジャブを「かぶらない自由」を奪っている国の話だ。

 ところ変わって、イランより何百倍も自由であるはずのヨーロッパが最近、イスラム女性の「かぶる自由」を奪おうとしている。

 ベルギー議会は4月29日、イスラム教徒の女性が顔や全身を覆う「ブルカ」や「ニカブ」を公共の場で着用することを禁じる法案を可決した。ニカブは目のまわり以外すべてを覆うベール。ブルカは目の所もメッシュ素材で隠すベールだ。(顔を隠さないヘジャブはこの法案の対象外)

 フランス政府も4月21日、ブルカとニカブの禁止法案を近く議会に提出すると発表している。イタリアやデンマークでも同様の動きがある。

 禁止派の主張は、「ブルカは女性隷属の象徴」(サルコジ仏大統領)、「人権の侵害だ」、「政教分離に反する」、「顔を隠していては本人確認ができない」など。

 だがヨーロッパのように「着用を強制されていない」土地でブルカやニカブをまとっているのは、彼女たちの自由意志ではないのか。「抑圧されている女性を解放すべきだ」というが、ブルカを着ることができなくなれば、彼女たちが家に閉じこもり、かえって社会との断絶を生むという声もある。

 ブルカ禁止が法制化されれば「次はヘジャブ」にもつながりかねないと危惧する声も。フランスの公立学校では既にヘジャブの着用が禁じられている。

 そもそも、法律で禁止するほどのことなのか。ベルギーのイスラム教徒およそ50万人のうち、ブルカやニカブを着用している女性は多くても数百人だという。ヨーロッパ最大のイスラム人口を抱えるフランスでも数千人といわれる。

 なんだかんだ理屈を並べても、禁止派の一番の狙いはテロ対策。ブルカの下に爆弾を隠し持って突っ込んで来やしないかと、気が気じゃないようだ。

 でもブルカを奪ったからといってテロがなくなるわけじゃない。昨今、その気になればパンツの中にまで爆弾を仕込む者もいるのだから。

 9.11以降、なぜこうもイスラム教徒ばかりが危険視されるのか。死者を出していないとはいえ、幼い子供たちにいたずらをしていたカトリック教会のほうが、ある意味よっぽどえげつない。

 同じ女性でいうなら、サラ・ペイリン前アラスカ州知事のほうがよっぽど危ない(イタい)のでは? フェースブックに気に入らない(医療改革法案を支持した)民主党議員の名をリストアップし、彼らの地元にライフル銃の照準を定めた地図を公開。さらにツイッターで「弾を装填せよ」と支持者に呼びかけるペイリンのほうが私は怖い。

 もしイランで服装の自由が認められるようになったとしても、友人のママさんはヘジャブをかぶり、夏でも長袖を着て素肌を見せない格好をし続けるだろう。あんなにわずらわしくて暑苦しいものは脱ぎ捨ててしまえばいいのに。女性らしい体のラインも見せて、おしゃれも楽しめるのにと思うが、それは私の価値観。ママさんに押し付けることはできない。

 ブルカを着ない自由があるのなら、「着る自由」もあっていいはずだ。

──編集部・中村美鈴
このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏なら強制送還急拡大か、AI技術

ビジネス

アングル:ノンアル市場で「金メダル」、コロナビール

ビジネス

為替に関する既存のコミットメントを再確認=G20で

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型ハイテク株に買い戻し 利下
MAGAZINE
特集:トランプ暗殺未遂
特集:トランプ暗殺未遂
2024年7月30日号(7/23発売)

前アメリカ大統領をかすめた銃弾が11月の大統領選挙と次の世界秩序に与えた衝撃

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理由【勉強法】
  • 2
    BTS・BLACKPINK不在でK-POPは冬の時代へ? アルバム販売が失速、株価半落の大手事務所も
  • 3
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子どもの楽しい遊びアイデア5選
  • 4
    キャサリン妃の「目が泳ぐ」...ジル・バイデン大統領…
  • 5
    地球上の点で発生したCO2が、束になり成長して気象に…
  • 6
    カマラ・ハリスがトランプにとって手ごわい敵である5…
  • 7
    トランプ再選で円高は進むか?
  • 8
    拡散中のハリス副大統領「ぎこちないスピーチ映像」…
  • 9
    中国の「オーバーツーリズム」は桁違い...「万里の長…
  • 10
    「轟く爆音」と立ち上る黒煙...ロシア大規模製油所に…
  • 1
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラニアにキス「避けられる」瞬間 直前には手を取り合う姿も
  • 2
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを入れてしまった母親の後悔 「息子は毎晩お風呂で...」
  • 3
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」、今も生きている可能性
  • 4
    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…
  • 5
    「習慣化の鬼」の朝日新聞記者が独学を続けられる理…
  • 6
    【夏休み】お金を使わないのに、時間をつぶせる! 子…
  • 7
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 8
    「失った戦車は3000台超」ロシアの戦車枯渇、旧ソ連…
  • 9
    「宇宙で最もひどい場所」はここ
  • 10
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った…
  • 1
    中国を捨てる富裕層が世界一で過去最多、3位はインド、意外な2位は?
  • 2
    ウクライナ南部ヘルソン、「ロシア軍陣地」を襲った猛烈な「森林火災」の炎...逃げ惑う兵士たちの映像
  • 3
    ウクライナ水上ドローン、ロシア国内の「黒海艦隊」基地に突撃...猛烈な「迎撃」受ける緊迫「海戦」映像
  • 4
    ブータン国王一家のモンゴル休暇が「私服姿で珍しい…
  • 5
    正式指名されたトランプでも...カメラが捉えた妻メラ…
  • 6
    韓国が「佐渡の金山」の世界遺産登録に騒がない訳
  • 7
    すぐ消えると思ってた...「遊び」で子供にタトゥーを…
  • 8
    月に置き去りにされた数千匹の最強生物「クマムシ」…
  • 9
    メーガン妃が「王妃」として描かれる...波紋を呼ぶ「…
  • 10
    「どちらが王妃?」...カミラ王妃の妹が「そっくり過…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story