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焦点:ウクライナ侵攻、在外ロシア人も一律資金凍結の「理不尽」

2022年04月03日(日)08時02分

3月30日、ロシアの「通信事業王」として名をはせた後、2008年に同国を出てロンドンで著名なレストラン経営者となったエブゲニー・チクバルキンさん(写真右)は長年、ウクライナを声高に支持してきた左はタチアナ・フォキナさん。2人が経営するロンドンのバーで23日撮影(2022年 ロイター/Dylan Martinez)

[ロンドン/チューリヒ/ニューヨーク 30日 ロイター] - ロシアの「通信事業王」として名をはせた後、2008年に同国を出てロンドンで著名なレストラン経営者となったエブゲニー・チクバルキンさんは長年、ウクライナを声高に支持してきた。

ロシアが2月24日にウクライナに侵攻してからは、ウクライナ人を助けるためにパートナーのタチアナ・フォキナさんと共にトラック4台分の医療品と防護設備をポーランドに届けたとチクバルキンさんは話す。最初の1台分は自身が運転して行った。

しかし、長年にわたりプーチン・ロシア大統領の批判派だったチクバルキンさん(48)は最近、スイスの銀行に持っている口座の1つを突然凍結されてしまったという。

彼のように、西側の制裁によって直接の標的にされていないにもかかわらず、自分の財産を動かしにくくなっている国外在住ロシア人が増えている。

ロイターは国外で暮らすロシア人9人と、その資産運用会社、弁護士、税理士、不動産・美術品ブローカーを取材。プーチン氏とその取り巻きを罰するための西側の制裁が、ロシアのパスポート保有者を一網打尽にしている実態が浮かび上がった。

二重国籍を持つ国外在住ロシア人4人は、ロンドン、チューリヒ、パリで銀行口座もしくは決済を凍結されたと明かした。ロンドンに住むある富裕なロシア人は、買い物を現金決済に切り替え、目立たないように暮らしていると述べた。

資産アドバイザーと弁護士は、ロシア人顧客が銀行口座の開設を拒否されていると話した。銀行側は、ロシア人の資金には特段の注意を払っていると説明。ブローカーは、不動産や美術品の取引が一部中断されていると明かした。

ある弁護士によると、ロシア人顧客らは税関で足止めになるのを恐れて海外渡航を控えている。西側の銀行は、たとえ慈善団体への寄付であってもロシア人の資金には疑いの視線を張り巡らしているからだ。二重国籍が脱出のルートになった日々は過ぎ去った。

ロンドンとワシントンで法律事務所を経営するボブ・アムステルダム氏は「ホテルから出られないロシア人や、クレジットカードが使えなくなって資金が底を突いた学生などの世話をしている」と話す。

銀行も、ロンドンの金融街シティーの有力法律事務所も、「国籍を理由にロシア人に門戸を閉ざしてしまった」とアムステルダム氏は語った。

<静かに暮らす>

ロシアと英国の二重国籍を持つ弁護士は、ロシア人は居住地や資産状況にかかわらず精査されると説明。「今現在、ロシアのものは何であれ有害だ。だから、だれもがロシア人顧客に関する事柄には極めて慎重に対処しようとしている」と述べた。

二重国籍を持つロシア人で、2005年からフランスに住むジャーナリストのエレーナ・セルベッタズ氏は、自身の口座に対する1000ユーロ足らずの振り込みを仏銀クレディ・ミュチュエルがはねつけたと話す。ウクライナ難民支援のためにロンドンから彼女に送られた資金だ。

銀行はセルベッタズ氏の問い合わせに対し、彼女がロシア国籍を持っているため警戒したと説明。資金を受け取れたのは1週間後だった。

「ロシアへの反対にくみし、ウクライナ難民を助けているのに、『ロシア人だから金を受け取れない』と言われるのはあまりに不公平だ」とセルベッタズ氏は語った。

ロイターが先に報じたところでは、欧州連合(EU)規制当局は一部銀行に対し、EU域内居住者を含むすべてのロシア人およびベラルーシ人顧客の取引を精査するよう指導した。

欧州資産運用会社の一部も、ロシア人顧客との新規取引を中止するなどして、制裁の火の粉を浴びないよう模索している。スイスの銀行大手UBSのラルフ・ハマーズ最高経営責任者(CEO)は、実質的にロシアのパスポート保有者全員が準制裁対象になったと述べた。

ロンドンに住むロシアの文筆家、Grigory Chkhartishvili氏は、英バークレイズ銀行を通じてウクライナ難民支援基金に資金を振り込むことができた。同氏の姓はジョージア語だ。

しかしロシア姓を持つ妻は、同じ基金に振り込みをしようとして同行に阻止されたという。同行は妻に対面での面会を求めた。

「私の振込額の方が10倍大きかったが、問題はなかった。これが今の雰囲気だ」とChkhartishvili氏は言う。

妻はロイターに対し、バークレイズ銀行に電話して事情を説明した翌日に送金が可能になったと明かした。

30年間ロンドンに住むロシアの石油・銀行実業家は、ロシアの侵攻による「巻き添え被害者」になったと話す。自身は制裁リストに載っていないものの、制裁拡大を懸念し、欧州にある資産の売却を検討している。「現金で生きていく必要がある。なるべく静かにしていなければならない」と語った。

<嫌ロシア感情>

ロンドンでレストランを経営するチクバルキンさんの場合、フォキナさんと共にプーチン氏と戦争に反対し、ウクライナ支援を叫んできたため、2人のビジネスが嫌ロシア感情の標的になることは免れている。

しかし、2人が経営するミシュランの星付きレストラン「ハイデ」は、ロシアのウクライナ侵攻から2週間たったころ、グーグルレビューで珍しく「星1つ」という最低の評価が1件付いた。フォキナさんの助手が明らかにした。レビュー総数は1767件で、平均点は4.5だ。

星1つのレビューには「経営者はロシア人」という短いコメントが付いていた。このレビューはその後削除された。

「チャイコフスキーのコンサートに行くのをやめたとか、人々がロシア食品店を襲っているとかいったニュースを目にする。ここは2022年のロンドンだ。あっという間にこうなってしまうとは」とフォキナさんは嘆いた。

(Kirstin Ridley記者、 Brenna Hughes Neghaiwi記者、 Danielle Kaye記者)

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