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焦点:トランプ政権最後の死刑執行、阻止に向け戦った人々の苦渋

2021年01月20日(水)11時55分

 1月14日夜、ダスティン・ヒッグス死刑囚(48歳)は、インディアナ州テレホートの連邦刑務所の死刑囚監房で、その時を待っていた。写真中央は、死刑執行に抗議するためインディアナ州の修道会から来たカトリック尼僧のバーバラ・バティスタさん。連邦刑務所の外で15日撮影(2021年 ロイター/Bryan Woolston)

Jonathan Allen

[テレホート(米インディアナ州) 17日 ロイター] - 1月14日夜、ダスティン・ヒッグス死刑囚(48歳)は、インディアナ州テレホートの連邦刑務所の死刑囚監房で、その時を待っていた。執行予定時刻は24時間以内に迫っていた。

車で5分の距離を隔てて、彼の弁護団が、殺風景なホテルのロビーでプラスチックのテーブルを囲んで座っていた。ショーン・ノーラン連邦公選弁護人は、ビールを口にしつつ、フィラデルフィアの仲間からの連絡を待っている。薬物注射によるヒッグス死刑囚の死刑執行を延期するため、裁判所へのギリギリの申し立てに必要な4─5つの論拠をまとめて送ってくれることになっていた。

執行されれば、ドナルド・トランプ政権下で13回目の、そして最後の連邦政府による死刑執行になる。現政権以前は、連邦政府による死刑執行はほとんど行われていない。1963年以降では3件、いずれも2000年代初頭だ。数日後に就任宣誓を行うジョー・バイデン次期大統領は、連邦レベルでの死刑廃止に向けて連邦議会と協議していくことを明らかにしている。

無精ひげを生やし、フリース素材の緑のジャケットを無造作に羽織り、野球帽を目深にかぶったノーラン弁護士は、1年前のスーツ姿とは別人のようだ。彼は当時、死刑囚を担当する他の弁護士グループとともに、ワシントンD.C.の連邦最高裁判所に、薬物注射による政府の死刑執行に対する異議を申し立てていた。

フィラデルフィアの事務所から、提出用の書類が添付されたメールが届いた。ノーラン氏はノートパソコンを両手でつかむ。

「この趣意書は実によくできている」と彼は言う。「すきがなく、法的にも的確で、厳密だ。これなら勝てる」──。

ノーラン氏はこのホテルのロビーで、3人の仲間とともに軽食の散乱するテーブルを囲んで、何時間も働いていた。彼ら弁護団はノートパソコンと携帯電話を駆使して連邦政府側の弁護士らと意見を戦わせ、執行に反対する意見書を連邦最高裁に提出した。

ヒッグス死刑囚と共犯のウィリス・ヘインズ受刑者は、1996年に国内の野生動物保護区で3人の女性、タンジ・ジャクソンさん(当時21歳)、タミカ・ブラックさん(同19歳)、ミシャン・チンさん(同23歳)を殺害した罪で別々の裁判にかけられ、有罪を宣告されていた。

ヒッグス死刑囚は女性たちを自分のアパートでのパーティに誘った。その後、口論の末に、ヘインズ受刑者とともに3人を自分のバンで拉致した。保護区の人影のない一角で、ヒッグス死刑囚は銃をヘインズ受刑者に渡し、女性たちを殺すよう命じた。ヘインズ受刑者は終身刑、ヒッグス死刑囚は死刑を宣告された。

米司法省は昨年の声明の中で、この殺人事件について「驚くほど残虐」と表現している。

犠牲者の遺族の一部は、死刑執行に立ち会うためテレホートを訪れていた。ジャクソンさんの妹はヒッグス死刑囚宛ての書簡を用意しており、この殺人事件によって遺族は「悲嘆に暮れた」と記した。

米司法省はジャクソンさんの妹の氏名を公表していないが、彼女は「執行日が決まったという知らせを受けて、複雑な思いが湧いた」と書いている。「一方で、ようやく正しい裁きが得られると感じたが、他方で、あなたの家族を可哀想に思う。彼らは私たちが味わったのと同じ苦痛を経験することになる。その日が過ぎて、あなたが死んでも、私の姉や他の犠牲者は戻ってこない。これは解決ではない。これが、あなたの行為が招いた結果なのだ」と、心情が述べられた。

大半の国で死刑はすでに廃止されているが、ピュー・リサーチ・センターが2018年に行った調査によれば、米国民の54%は殺人事件の場合の死刑を支持している。2019年、トランプ政権のウィリアム・バー司法長官(当時)は、執行再開を発表し「我々は犠牲者とその遺族から、わが国の司法制度が科した刑罰を執行する責任を託されている」と述べている。

刑務所における死刑執行に反対する人の多くは、テレホート・マリオットに滞在している。14日も例外ではない。被告側弁護士、抗議活動家、ヒッグス死刑囚の家族は皆、三々五々マリオットのドアを開け、ゴテゴテした緑のカーペットが敷かれ、有線放送のソフトロックが流れる退屈なロビーで顔を合わせる。

ヒッグス死刑囚の姉は、ロビーで宗教指導者と話をしている間に泣き崩れてしまった。

やがて携帯電話が鳴り、ノーラン氏はロビーのテーブルから立ち上がった。最高裁判所からの電話だと、携帯電話からは「登録されていない相手です」との音声が流れる。相手は裁判所の事務官で、ヒッグス死刑囚の執行に向けていくつか残っている障害の1つを解消するための新たな政府申立てに、ノーラン氏がいつ回答するかを尋ねる用件だった。

ノーラン氏は、彼のチームが執行延期を勝ち取るチャンスがあるとすれば、まさにこの夜執行される予定のコーリー・ジョンソン死刑囚と連携した最高裁判所への申し立てだと考えていた。

2人とも昨年12月にCOVID-19陽性と診断されていた。下級裁判所は、現代の大半の薬物注射による死刑に用いられるバルビツール酸系催眠薬であるペントバービタルを肺に満たし、刑を執行する際に、死刑囚が恐怖を感じる可能性があることに同意していた。

弁護団は、この執行方式が「残酷で異常な刑罰」を禁じた憲法の規定に違反していると主張し、控訴裁判所により覆された下級審による執行猶予命令を最高裁判所が復活させることを願っていた。

弁護団の仲間が寝るために部屋に向かうと、ノーラン氏はロビーに戻って軽食の容器やビールの缶を片付けた。メールが届いたのは午後9時50分だった。最高裁判所はジョンソン死刑囚の弁護士による申し立ての未処理分をすべて棄却していた。COVID-19感染を理由とするヒッグス死刑囚との共同申し立ても例外ではなかった。

ノーラン氏はしばらく黙り込み、「不吉な前兆だ」とつぶやいた。

だが、ヒッグス死刑囚にはまだ、最高裁判所が結論を出していない申し立てがもう1件あった。ノーラン氏は何とか楽観的になろうと努め「明日も、何か成果が得られないか戦いを続けてみる」と語った。

<抗議行動の「聖地」>

同じ夜、死刑が執行されるたびに抗議のためにテレホートを訪れる小人数の活動家グループが、刑務所のゲートに向かう側道に近い、いつも利用するコンビニエンスストアの駐車場に集まっていた。ここで彼らは、「EXECUTE JUSTICE NOT PEOPLE(死刑ではなく正義を執行せよ)」など、死刑廃止を求める大きな看板を据え付ける。

インディアナ州の修道会から来たカトリック尼僧のバーバラ・バティスタさんは「ここは聖地だ」と話す。20数人のメンバーは寒さをしのぐため帽子を被り、フードを上げて、木の下に寄り集まっている。道の向こうでは、刑務所の巨大な施設が投光器の光を浴びている。

バティスタさんを含む一部の抗議活動家は、専用の監房に収容された死刑囚に教誨師(きょうかいし)として寄り添ってきた。経営学の教授でもあるユスフ・ヌアさん(65歳)は、イスラミック・センター・オブ・ブルーミントンの理事として14日の抗議に参加した。だが、もし死刑が執行される場合には、15日には執行室に入り、収監中にイスラムに改宗したヒッグス死刑囚に付き添う覚悟を決めている。

木の下には、プラスチックの箱を積んだ2本の柱のあいだに、大きな黒い金属製の鐘が据えられている。しっかり叩けば2マイル先でも聞える、とバティスタさんは言う。執行が近づき、立会人を乗せた白いバンが刑務所の門に向かうと、抗議参加者は少し待ってから、交代で鐘を鳴らし続ける。

「私はひとりの人間としてここにやってきた。ここで誰も抗議しないまま、政府に人の命を奪わせるわけにはいかない」とバティスタさんは言う。

数時間後、道路の向こうでは、ジョンソン死刑囚の死亡が告げられた。

<最後に鳴る鐘>

15日に予定されたヒッグス死刑囚の執行時刻が迫ってきた頃、ヌアさんはホテルに戻った。茶のブレザーの内ポケットには、すり切れた小さなアラビア語のコーランが入っている。その朝、彼は収監者のもとを訪れ、これまで何度か電話やメールでやり取りしていたヒッグス死刑囚と初めて直接面会した。

「誰もがやがて死ぬ」とヌアさんはヒッグス死刑囚に語ったという。「だが、あらかじめ死ぬ時を知り、死を受け入れ、他の人々、そして主なる神と和解できる人が、どれだけいるだろうか。誰もがそのような機会に恵まれるわけではない」と続けた。

ヒッグス死刑囚の姉であるアレクサ・ケイブさんも、弟と面会した。以前は面会に訪れる金もなかったが、20年に及ぶ収監期間中、電話で言葉を交わすことは多かった。今回、28歳の息子とともに面会に来る費用は、クラウドファンディングで調達した。

「弟がどれくらいの背丈だったかも忘れていた」と彼女は言う。「おや、ひげがすっかりグレーになっている、と驚くばかりだった。たくさん微笑みかけたので、頬が痛いくらいだ」とも述べた。

死刑囚に占める黒人男性の比率は不つり合いなほどに高く、ヒッグス死刑囚もその1人だ。ケイブさんにとって憂うつなことに、執行予定日は故マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の誕生日だ。

米国の人口に占める黒人の比率は約13%だが、連邦裁判所による死刑宣告の40%以上は黒人だ。

ケイブさんは「私が生まれた頃から、その状況は変わっていない」と言う。彼女は着替えのために席を外す。刑務所に戻り、弟の運命を待つためだ。着替えてきた彼女は、「LOVE」という文字をあしらったベルトを締めている。

ノーラン氏もロビーに姿を現した。服装は変わっていないが、目は前日よりずっと赤くなっている。予定されていた執行時刻午後6時を10分ほど過ぎていた。「13件連続の13番目で、止めるのは難しい」と述べつつ「だが、ダスティン(・ヒッグス死刑囚)はまだ生きており、我々は戦い続けている」と語った。

約4時間後、連邦最高裁で過半数を占める保守派が、最後に残ったわずかな望みを断った。刑務所では立会人を執行室に運ぶ白いバンがエンジンを始動させた。ノーラン氏は、13件の執行を「前例のない虐殺」と非難する文書を書き終えた。まもなくメディア向けに配布されることになる。

駐車場では、バティスタさんをはじめとする抗議参加者が鐘を鳴らした。

(翻訳:エァクレーレン)

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