ニュース速報

ワールド

焦点:ギンズバーグ判事の死、米社会の「右旋回」に現実味

2020年09月26日(土)08時07分

 9月19日、米連邦最高裁判所のリベラル派判事、ルース・ベイダー・ギンズバーグ氏の死去は、米国における将来の司法と生活にとって非常に大きな意味を持っている。共和党のドナルド・トランプ大統領には、連邦最高裁において6対3の保守派優位を確立する機会が訪れたことになる。米首都ワシントンの最高裁判所で、2017年6月撮影(2020年 ロイター/Jonathan Ernst)

Lawrence Hurley

[ワシントン 19日 ロイター] - 米連邦最高裁判所のリベラル派判事、ルース・ベイダー・ギンズバーグ氏の死去は、米国における将来の司法と生活にとって非常に大きな意味を持っている。共和党のドナルド・トランプ大統領には、連邦最高裁において6対3の保守派優位を確立する機会が訪れたことになる。

トランプ大統領がギンズバーグ氏の後任を指名することになった場合、この「右旋回」はどのような形で感じられるようになるのか、いくつかのケースを見ていこう。

<妊娠中絶などの社会問題>

米連邦最高裁が1973年の「ロー対ウェイド」判決において人口妊娠中絶の権利を認めて以来、保守派の活動家はこの判例を覆そうと試みてきた。だが、いつもあと一歩及ばなかった。トランプ大統領がギンズバーグ氏の後任に強硬な保守派を指名すれば、連邦最高裁が人工妊娠中絶の権利を大幅に制限する可能性がかつてないほどに高まる。

連邦最高裁の保守派はそれ以外の社会問題についても、同じように踏み込んだ動きを見せようという勇気を与えられるかもしれない。たとえば、銃の所持に関する権利の拡大や宗教に関する個人の権利の強化、選挙権の制限などである。

また、民主党が気候変動などの問題に関する主要な法案を成立させるに十分な議席を得た場合でも、連邦議会で可決された進歩的な法律を無効と判断できるようになる可能性がある。

死刑廃止などリベラルな理念を最高裁が支持する可能性は、ますます低下するだろう。ただ、最近のLGBT労働者の権利を擁護する判決が6対3で下されたことに見るように、状況によっては例外扱いとなる問題もあるかもしれない。

<危うくなる「オバマケア」>

短期的にギンズバーグ氏の不在が最も痛切に感じられるとすれば、2010年に可決された医療保険制度改革法、いわゆる「オバマケア」について保守派が起こした最新の訴訟に関して、11月10日に予定されている口頭弁論であろう。

連邦最高裁は2012年に5対4でオバマケアを支持する判決を下している。ギンズバーグ氏は多数派5人のうちの1人であり、同氏の後任次第では優劣がひっくり返る可能性がある。

トランプ氏が指名する後任判事がその時点までに承認されていないとしても、5対3の保守派優位の状況で口頭弁論を迎えることになる。

公式には10月5日に始まる新しい司法年度において、連邦最高裁が扱う他の訴訟についても影響が生じる可能性がある。同裁判所は11月4日、一部の連邦法において宗教的権利に例外が設けられる範囲をめぐる重要な法廷闘争について審理を行う。

この訴訟は、フィラデルフィア州が同州の里親制度へのカトリック系社会福祉団体の参加を排除したことをめぐり起こされた。排除の理由として、同性カップルが里親になることについて、この団体が禁止している点を挙げている。

政治的にセンシティブな事件としては、2016年の大統領選挙に対するロシアの介入に関するロバート・モラー元特別検察官の報告書のうち、トランプ政権が公表しなかった部分の開示を民主党優位の連邦下院が求めている件について、12月2日に連邦最高裁の審理が行われる。

<鍵となるロバーツ長官>

2018年に保守派のアンソニー・ケネディ判事が引退した後の2年間、連邦最高裁の動向を左右する立場となったのがジョン・ロバーツ最高裁長官だった。だが、ギンズバーグ氏の後任をトランプ大統領が指名することになれば、同長官の影響力ある立場も弱まる可能性がある。

9人の判事で構成される連邦最高裁において、イデオロギー的に中間の位置を占めるロバーツ長官は、自分より左のリベラル派4人、右の保守派4人のどちらに付くかによって、多数派意見を決定する権利を握っていた。

ロバーツ長官は制度としての連邦最高裁を守り、司法権の独立を擁護する人物として知られており、重要な事件においてギンズバーグ氏のほか3人のリベラル派に賛同している。

6月には、人工妊娠中絶を厳しく制約するルイジアナ州法を無効とする側に立ち、子どもの頃に米国に入国した数十万人の不法移民、いわゆる「ドリーマーズ」の保護を廃止しようとするトランプ氏の動きを阻止した。

ロバーツ長官は、状況によっては重要な事件で妥協点を探り、彼よりも保守派の判事らを困惑させることもある。

たとえば連邦最高裁は今年7月、ニューヨーク州検察によるトランプ氏の財務記録の提出請求を認めると判示する一方で、民主党優位の下院委員会が直ちに同様の資料を入手することを阻止した。ロバーツ長官はいずれの判決も支持している。

だが、ギンズバーグ氏が死去した今、ロバーツ長官が自分1人で均衡した勢力を左右することはできなくなった。

<官僚機構との戦い>

保守派と企業関係者は、長年にわたり、連邦政府諸機関の権限の抑制を求めてきたが、連邦最高裁も自発的にこの動きに協力するようになっている。

いわゆる「行政国家との戦い」は、保守派の最高裁判事が6人に増えることによって拡大する可能性がある。最も注目すべきは、連邦法の適用範囲の解釈に際し、裁判所は連邦政府官僚に従うべきであるという1984年の画期的な判例が危うくなりかねないという点だ。

仮にこの判例が覆されるようになれば、今後の民主党政権が、環境保護や消費者保護といった分野の規制を定めようとしても、保守派に支配された連邦最高裁が、その規制を制約することができる権限を与えられる可能性が生じる。

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2020 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾閣僚、「中国は武力行使を準備」 陥落すればアジ

ワールド

米控訴裁、中南米4カ国からの移民の保護取り消しを支

ワールド

アングル:米保守派カーク氏殺害の疑い ユタ州在住の

ワールド

米トランプ政権、子ども死亡25例を「新型コロナワク
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 8
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 9
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中