ニュース速報

ワールド

焦点:湾岸2カ国とイスラエルの国交正常化、サウジも動くか

2020年09月19日(土)07時52分

9月15日、サウジアラビアの最高宗教指導者の1人が今月、イスラム教徒はユダヤ人に「激しい感情や火のような熱狂」を向けるべきでないとの考えを示し、かつてパレスチナ人のために祈りながら涙を流した同じ人物とは思えないほどの態度の一変ぶりを示した。写真は2017年5月、サウジアラビアのリヤドを訪問したクシュナー米大統領上級顧問(中央)と、サウジのムハンマド皇太子(2020年 ロイター/Jonathan Ernst)

[リヤド/ドバイ 15日 ロイター] - サウジアラビアの最高宗教指導者の1人が今月、イスラム教徒はユダヤ人に「激しい感情や火のような熱狂」を向けるべきでないとの考えを示し、かつてパレスチナ人のために祈りながら涙を流した同じ人物とは思えないほどの態度の一変ぶりを示した。

カーバ神殿のイマーム(イスラム指導者)、アブドゥルラーマン・スダイス師がこうした説教を行ったのは5日。その3週間前には、アラブ首長国連邦(UAE)がイスラエルとの国交正常化に関して歴史的な合意に達し、数日後にサウジと緊密な関係にあるバーレーンも同調している。

過去の説教で「侵略者」ユダヤ人にパレスチナの人々が勝利することを祈念してきたスダイス師だが、5日はイスラム教を創始したムハンマドがユダヤの隣人たちにいかに友好的に接したか説明した後、ユダヤ人をイスラム教に改宗させる最善の道は「彼らを手厚く遇すること」だと説いた。

サウジが、直ちにUAEやバーレーンに続くとは予想されない。ただ、スダイス師の発言は、以前には考えられなかった、イスラエルに対する融和という非常に微妙な問題を、サウジがどのように進めていくかを占う手掛かりになるだろう。スダイス師は国王の任命を受けており、同国で最も権威を持つ人物の1人だ。同師の存在は、王立裁判所と同様、イスラム教保守派のサウジの政治体制の表れだ。

イスラエルと米国にとって、UAEおよびバーレーンとの劇的な合意はもちろん見事な外交上の成果だったが、イスラエルにすれば、実現した場合に手にする果実が大きいのはやはり、国王がイスラム教聖地の庇護者で世界最大の産油国でもあるサウジとの国交正常化だろう。

一方、サウジの立場について、英エクセター大学のアラブ・イスラム研究所のマーク・オーウェン・ジョーンズ氏は、UAEとバーレーンの合意を受けてサウジは国内世論の瀬踏みが可能になったとはいえ、イスラエルと正式な国交を結ぶことは「大仕事」になるとみる。

ジョーンズ氏によると、今回、影響力を持つイマームを介して国民にメッセージを送ったのは、世論の動きを探り、イスラエルとの関係正常化の気運を促すための第一歩だったのは間違いないという。

実際の国民の反応はさまざまだった。単にイスラムの教義を伝えているだけだとスダイス師を擁護する声があった半面、主に海外に居住し政府に批判的な人々は、まさに「(イスラエルとの)関係正常化に向けた説教」だったと言い切った。

また、首都リヤドのショッピングモールでロイターテレビの取材に応じたアリ・アルスリマンさんは、バーレーンとイスラエルの合意について、イスラエルがパレスチナ人を故郷から追い払って土地を占領している以上、他のペルシャ湾岸諸国や中東全域で関係正常化が受け入れられるのは難しいとの見方を示した。

<皇太子の動き>

サウジを事実上統治しているムハンマド皇太子は、国政改革の一環として、相互信頼に基づく対話の推進を約束している。以前は、全ての関係者にとって安定が保証されるような和平協定が締結されるなら、イスラエルは自国領土で平和裏に存立する資格があると発言した。

イスラエルとサウジの今後の関係は、両国がともに脅威を感じるイランが鍵を握る面もありそうだ。

サウジが国民の間にイスラエルとの融和ムードを醸成させようとしている兆しは、スダイス師の説教だけではない。例えば、4月のラマダン期間にサウジ資本の衛星放送局MBSが放映した、ユダヤ人助産婦の裁判を巡るドラマが挙げられる。1930年代から50年代の湾岸地域の、さまざまな宗教が併存するどこかの国を舞台とするこのドラマは、サウジでラマダン期間中の最高視聴率を記録。ユダヤ人に対する共感を呼ぶ内容だとして、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスが批判を浴びせた。

ドラマ作者の2人のバーレーン人はロイターに、政治的意図はないと語った。しかし、複数の専門家や外交官は、国民の対イスラエル観を変えようとする新たな動きだとみなしている。

英王立国際問題研究所(チャタムハウス)のアソシエートフェロー、ニール・クイリアム氏は「ムハンマド皇太子が、宗教指導層と共有されてきた国家公認のメッセージを現代風に修正しようとしているのは明らかだ。そうした取り組みの一部は、将来のイスラエルとの合意の正当化に役立つ公算が大きい」と話した。

<孤立するパレスチナ>

15日に米ホワイトハウスでUAE、バーレーン、イスラエルが国交正常化文書に正式署名したことで、ますます孤立してしまったのがパレスチナだ。

サウジはUAE、バーレーンとイスラエルの合意については直接言及しなかったが、2002年にアラブ連盟が採択し、イスラエルに対してパレスチナ国家の承認や1967年の中東戦争での占領地などからのイスラエル全面撤退を求める「アラブ和平イニシアチブ」に基づき、中東和平を引き続き進めていくと表明した。

ただ、サウジが今後、イスラエルとの関係正常化と引き替えにアラブ和平イニシアチブで定めた条件を放棄するのか、その場合はどのようなやり方をするのかは分からないままだ。

湾岸地域のある外交官は、サウジにとってこの問題は、イスラム世界のリーダーと称する自らの立場とより深く関係しており、イスラエルとの国交正常化は時間がかかるだろうし、現在のサルマン国王の在位中には実現しそうにないと予想した。

この外交官によると、サウジにあるイスラム教の聖地メッカとメディナを国際管理に委ねるべきだとの声がたびたび上がっており、イスラエルとの国交正常化はイランやカタール、トルコなどから、そうした国際管理要求を招くきっかけになる恐れがあるという。

(Marwa Rashad記者、Aziz El Yaakoubi記者)

ロイター
Copyright (C) 2020 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン戦争は2週目に、トランプ氏「無条件降伏」求め

ビジネス

アングル:欧州で若者向け住宅購入の新ビジネス、価格

ワールド

焦点:道半ばの中国「社会保険改革」、企業にも個人に

ワールド

昨年の関税合意実施を米と確認、日本が不利にならない
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗雲...専門家「イランの反撃はこれから」「報道と実態にズレ」
  • 2
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だったはずの中国が、不気味なまでに静かな理由
  • 3
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示さない
  • 4
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 5
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 6
    「みんな一斉に手を挙げて...」中国の航空会社のフラ…
  • 7
    10歳少女がライオンに激しく襲われる...中国の動物園…
  • 8
    【WBC】侍ジャパン、大谷翔平人気が引き起こした球場…
  • 9
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 10
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 8
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 9
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中