コラム

『イラク流民主主義』?

2010年03月10日(水)12時19分

「ニューズウィーク」を読むことの意味のひとつは、日本にいて日本のメディアだけに接していては知りえない情報や視点を獲得できることです。ときに論旨に「?」がつくこともありますが、それはそれで、貴重な視点・情報です。

 本誌3月10日号に、「イラク流民主主義の誕生」という記事が掲載されています。3月7日に実施されたイラク連邦議会選挙を前に、イラクが大きく変化していることをリポートしています。

 日本のメディアが伝えるイラクといえば、宗派間の泥沼の殺し合いかアルカイダによる自爆テロで混乱する国家というイメージです。ところが気がつくと、最近は日本のメディアにイラクのニュースは滅多に登場しません。自衛隊がイラクから撤退した後は、日本人(日本のメディア?)がイラクに対する関心を失ったことで、報道量が減ったのです。

 報道が減ると、私たちは、以前に報道されていた泥沼の殺し合いとテロの記憶だけが残ることになります。しかし、報道量が減っている間に、イラクは大きく変化したようです。それを教えてくれる記事でした。

「7年近い地獄の日々を経た今、ようやくイラクにも民主主義らしきものが出現し始めている。この点は正当に評価すべきだ」

「政治家の間には、みんな同じイラク人だという意識が芽生えてきた。そして武力でなく議論で決着をつけるようになってきた」

 銃弾の代わりに怒号を交わしつつ、妥協という技を学び、議会は多数の法案を成立させてきたというのです。

 街にはスカーフを脱いでミニスカートで歩く女性の姿が増え、酒店も復活し、店の前に外国産のビールやウイスキーのケースを山積みにしているというのです。

 イラク軍も信頼に足る存在に成長し、イラクは中東の大国として復活しつつあるというのが、このリポートです。

 これはなかなか目からウロコの記事です。ここまでイラクは変化したのかと驚かされます。悲惨な殺戮の報道ばかりに接してきた私たちには新鮮なリポートです。

 考えてみれば、記者やフォトグラファーは、武力衝突やテロは伝えるけれど、「最近のイラクは治安が回復してきました」などという報告はしないものです。それだけに、こうした記事は貴重です。

 それでも、この記事には、そこはかとなく「上から目線」を感じてしまいます。たとえば「イラク政府の顧問として現地にいる米政府高官」は、こう語っています。

「この国の政治家たちは争ってばかりいるが、それでも必要な数の支持を集めて法案を成立させている」と。

 これはいったいどこの国の話でしょうか。「政治家たちは争ってばかり」で、医療保険の改革法案すら成立させられない国のジャーナリストに言われたくない、とイラクの人は思うかも知れませんよ。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ全域で通信遮断、イスラエル軍の地上作戦拡大の兆

ワールド

トランプ氏、プーチン氏に「失望」 英首相とウクライ

ワールド

インフレ対応で経済成長を意図的に抑制、景気後退は遠

ビジネス

FRB利下げ「良い第一歩」、幅広い合意= ハセット
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story