紀伊半島の熊野三山へ続く古来の参詣道、熊野古道を歩く巡礼の旅をしよう──北九州市立大学外国語学部のウェイン・アーノルド教授(アメリカ文学)と、関西外国語大学国際共生学部のジョン・シュルツ教授(アジア宗教・哲学)は昨年、そう決意した。旅のお供に選んだのはAIだ。

翻訳など、道中で必要な機能を考えて、2人はスマホのAIアシスタントを訓練した。だが、関心はもう1つあった。AIが巡礼体験をどう変えるかを確かめることだ。

「私たちの徒歩旅行は、デジタル時代における巡礼の進化の形を検証する実験台になった」と、アーノルドとシュルツは昨年5月、国際宗教ツーリズム・巡礼ジャーナルに発表した論文で述べている。

AIツールは宗教分野にも急速に浸透している。機械との相互作用は巡礼にどんな影響を与えるのか。古代と現代双方の巡礼路を研究し、中東各地で徒歩の旅をしてきた筆者の考えでは、AIによる変化は、かつて破壊的技術だった活版印刷機や蒸気船がもたらした変化と共通している。

そもそも巡礼は常に進化を続けてきた。ヘブライ語聖書では、ユダヤ教の3大祭りに合わせてエルサレム神殿を訪れるよう神が命じている。新約聖書によれば、イエスと弟子もこの巡礼を行った。エルサレム神殿の破壊後、ローマ帝国支配下で迫害されていたキリスト教徒は、福音書に出てくる場所をひそかに訪れた。

中世ヨーロッパではキリスト教が支配的宗教になっていたが、長距離旅行は極めて困難で、エルサレム巡礼に旅立つのは死を覚悟することだという見方が主流だった。

一方、7世紀に発展したイスラム教の信者は聖地メッカへハッジ(巡礼)を行うようになった。その結果、北アフリカと南西アジアにまたがる巡礼・交易路網が形成された。

だが19世紀に蒸気船の旅が普及し、20世紀に飛行機旅行が普通になると、ハッジの陸路は廃れた。メッカへの長旅は大幅に短縮され、旅のプロセスよりも聖地での宗教儀礼が巡礼の中心になった。

ただし、交通手段の発達で旅の時間が短縮される以前から、目的地を見つけ、安全にたどり着くことは容易になっていた。情報技術のおかげだ。

キリスト教徒の巡礼に情報技術が影響を及ぼし始めたのは、はるか昔のことだ。巡礼記が初めて登場したのは、4世紀にローマ帝国がキリスト教を公認してから間もなく。エゲリアという女性の巡礼者や匿名の「ボルドーの巡礼者」による旅の記録がガイドブックの役目を果たし、巡礼をいわば教会公認の行動に変え、一般化するのに貢献した。

巡礼ガイドとして初めて広く入手可能になったのは、活版印刷機の発明からわずか数十年後の1486年、マインツ大聖堂参事会員ベルンハルト・フォン・ブライデンバッハが出版したラテン語の『聖地巡礼』だ。地図や挿絵を盛り込んだ同書は、すぐドイツ語やフランス語に翻訳された。

ただし、それ以上に重要なのは、ブライデンバッハの書物が挿絵や詳細な記述を通して、巡礼に行けない人々の心に聖地の姿を思い描かせたことだろう。出版から約30年間で、同書は13回再版された。

活版印刷機の普及に伴い、ヨーロッパでの巡礼への関心はさらに高まった。英詩人チョーサーは14世紀末に巡礼文学の古典『カンタベリー物語』を執筆しており、巡礼というテーマが既に娯楽化していたことが分かる。この物語集に登場する巡礼者はごく普通の人々で、敬虔とは言えない言動を繰り返す。

実際、宗教改革を開始した神学者マルティン・ルターは1520年、「巡礼は完全に廃止されるべきだ」と述べた。「善ではなく、戒律でもなく、罪を犯し、神の戒めを軽んじる要因に満ちている」

それでも巡礼は消滅せず、巡礼に関する情報の氾濫も終わらなかった。そして写真や映像、インターネットなど、新しい情報技術が登場するたび、巡礼体験の在り方や体験を共有する方法は変化した。

旅行プラン作りは効率化され、人気のルートが紹介され、不確定要素が取り除かれ、多くの場合、旅の安全性が高まった。近代化が進むにつれて、旅行者は現地の写真を目にし、事前に案内人や宿泊先を手配し、オンラインで情報を交換できるようになった。

現代では、主要な巡礼地訪問の専用アプリも存在する。ハッジのアプリでは、メッカを歩きながらスマホのカメラをかざせば、ポップアップ画面で情報を確認できる。イスラエルを訪れるユダヤ教徒やキリスト教徒向けに、AIで旅行計画をカスタマイズするプラットフォームもある。

そこで考えたくなるのが熊野古道の巡礼だ。この伝統的な道を歩く体験の核は、沈思することにある。にぎやかで、時に都市化された欧州の巡礼路やハッジの大行列と対照的に、熊野古道の大部分を包むのは森林の静寂だ。

アーノルドとシュルツにとって、AIアシスタントはそうした雰囲気を損なう道連れではなかった。「思索を奪うのではなく、しばしば促してくれた。休憩したり好奇心をそそられたり、不確実な要素に出合った瞬間が、風景とより深く向き合う機会に変わった」と、2人は記している。

AIが道中の標識や看板を翻訳し、歴史にまつわる情報を提供したおかげで、巡礼体験はより豊かになったという。「史跡の説明板を見過ごしがちだったこれまでの徒歩旅行と異なり、歩いている土地に関する事実や神話について、より深く理解できた」

「AIの性格や適応力について指示を与えれば、AIは驚くほど人間的な役割を果たし、疲労を和らげ、やる気を出させ、旅に楽しさを添えてくれる。単なるツールや通訳ではなく、会話の相手であり、人通りのない区間で感じる孤独を癒やしてくれた」

肝心なのは「指示を与えれば」という点だ。旅行関連のテクノロジーが最大の効果を発揮するのは、明確な意図の下で注意深く利用した場合に限るというわけだ。

かつて徒歩旅行では、歩いて移動する感覚そのものを味わうため、「ガイドブックに頼りすぎるな」というのが鉄則だった。ドライブでは、地図アプリの指示を疑うのが常識だ。AIの浸透とポータブル化が加速するなか、AIにどこまで旅の形を決めさせるのか、巡礼者にも選択の時が迫っている。

Reference

Arnold, Wayne E. and Shultz, John A. (2025) “Invited Paper: Augmenting Pilgrimage with AI: Walking the Kumano Kodō Iseji with a Digital Companion,” International Journal of Religious Tourism and Pilgrimage: Vol. 13: Iss. 1, Article 2. DOI: 10.21427/673e-nz61

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