アメリカ政治のトップリーダーといえば、誰もが大統領を思い浮かべるであろう。現職のドナルド・トランプの振る舞いを目にすれば、その認識はさらに強まるに違いない。しかし、アメリカには建国当初から大統領がいたわけではなかった。

植民地時代のアメリカには、同時代のイギリスの政治制度が移入された。議院内閣制が確立するまでのイギリスと同様に、君主の代理人であり本国の首相に相当する植民地総督と、植民地人により公選された議会が対峙するのが、政治制度の基本構造だったのである。

独立に伴い総督は君主の後ろ盾を失い州知事となるが、その地位は著しく脆弱であり、アメリカ各州では大衆民主主義の傾向を帯びた議会中心の政治が展開された。

1787年に制定されたアメリカ合衆国憲法は、このような各州における議会権力の過剰に対応することを大きな目的の1つにしていた。その具体的な手段としては、州とは切り離された中央政府(連邦政府)を創設すること、その内部では議会権力を抑制する制度設計にすることであった。

憲法制定会議では、当初は二院制による議会(下院)権力の抑制が想定されていた。だが、それでは不十分だという意見が強まって、別に選出される大統領ポストが置かれることになったのである。

民意を直接的に表出する下院を良識で抑制することが期待されたために、大統領選挙人団による間接選出という方法が取られた。

このような創設の事情から、大統領の権限はもっぱら議会の抑止に向けられた。国家元首として一定の影響力を確保できた外交とは異なり、内政面では主導的役割を期待されてはいなかった。

初代大統領となったジョージ・ワシントン以来、アメリカという国家の尊厳的地位を担い、国民統合の象徴になることが期待されたのである。

ジャクソニアン・デモクラシーの時代
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