体制の立て直しはもともと行われていた?

48チーム制への拡大によって、W杯は間延びした大会になるのではないかという懸念があった。しかし、大会序盤に私たちが目にしたのは、それとは逆の光景だった。一方的な試合ばかりではないにもかかわらず、多くの得点が生まれていたのである。

もちろん、ドイツがキュラソーを7対1で下した試合は例外だ。

しかし、同じ大会序盤には、スペイン対カーボベルデの0対0、ポルトガル対コンゴ民主共和国の1対1、ベルギー対イランの0対0、ブラジル対モロッコの1対1、ウルグアイ対カーボベルデの2対2、そしてガーナがパナマを1対0で下した接戦もあった。

もちろん、給水休憩だけがこうした結果を生み出したわけではない。ハーランドに決定力を授けたわけでもなければ、メッシを年齢を感じさせない存在にしたわけでもない。エムバペを前にして守備陣が慌てるよう仕向けたわけでもない。

しかし、FIFAが厳しい環境下でも現代サッカーのスピードを維持できるよう試合を設計しようとしているのだとすれば、その成果は競技そのものの魅力を高めているのかもしれない。

イングランド対クロアチア戦のダラスでの給水休憩は、確かに滑稽に映る。確かにスタジアムには空調が効いていたし、見た目の印象は最悪だった。

しかし、この大会は夏のアメリカ、メキシコ、カナダという、気候も時差もスタジアムの構造も異なる広大な地域で開催されている。FIFAの画一的なルールは、「この試合は本当に休憩が必要なほど暑いのか」という終わりのない議論を避けることができる。

そして、給水休憩によるリセットが試合を変え得るからこそ、監督たちはそれを利用し、ファンは警戒する。

一度試合が止まれば、劣勢のチームは態勢を立て直せる。これはサッカーらしさを損なうものではない。サッカーとはもともと、状況に応じて適応する競技である。以前は、そのような戦術的な修正は、負傷による中断や得点後の歓喜、あるいは都合よく時間をかけるスローインの最中に、密かに行われていただけなのだ。

FIFAは嫌われ者だったが…
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