(記事前編:イランにとってのサッカー…単なるスポーツの意味を超えた存在が示す「矛盾と情熱と怒り」から続く)

FIFAワールドカップが12日に開幕し、北中米を舞台に連日熱戦が繰り広げられる。

戦禍が続くイランの代表チームも、敵対する米国のスタジアムで試合に出場。ただ、ビザをめぐり発給が手間取るなどトラブルは絶えず、試合前からバトルが勃発している。

前編に続き、イランのサッカー事情について、拙著『2つのイラン』(WAVE出版)より紹介する。

(以下、「第1章8節スポーツ──政治に揺れる闘技場」より抜粋、一部加筆修正)

「ブルーガール」が突き崩したスタジアムの壁

サッカーの熱狂の裏側で、イランの女性たちは約40年間にわたりスタジアムからの排除を強いられてきた。1981年の観戦禁止措置以来、アーザーディ・スタジアムは、その「自由」の名に反して「閉ざされた場所」であり続けた。

この不条理な壁を動かしたのは、一人の女性の悲劇的な自己犠牲だった。2019年、男装して入場を試み、逮捕された通称「ブルーガール」ことサハル・ホダーヤーリーさんが、裁判所の前で自らに火を放ち死亡した。この事件は国際的な非難を呼び、FIFAの強い圧力も相まって、政府は同年10月、40年ぶりに女性の入場を「条件付き」で認めるに至った。

解禁されたとはいえ、現実には依然として厳しい制約が残っている。女性用の座席は全体の数%に限定され、男性席との間には鉄柵が設けられ、厳格な監理下に置かれる。

最高指導者層に近い強硬派メディアは今なお女性の観戦を批判し続けており、スタジアムの壁は完全に取り払われてはいない。イランのサッカー場は、ボールの行方に熱狂する場所であると同時に、女性たちが自らの権利と尊厳をかけて戦い続ける、現在進行形の民主化の最前線なのである。

フットサルという「隠れた王国」

日本ではほとんど知られていないが、イランは室内サッカーのフットサルの世界でも圧倒的な強豪国で通っている。AFCのフットサル選手権では常に優勝候補で、1999年の第1回大会以来、14回の優勝を誇り、他の国の追随を許さない。

広い屋外スタジアムを持てない地方の若者がフットサルで名を上げ、そこからサッカー代表に食い込むという育成システムが構築されている。また女性もフットサルには参加しやすく、女性選手の育成も進みつつある。

フットサルはイランにおいて、政治的制約が比較的少ない「自由な競技空間」としても機能している側面がある。小規模な施設で行われるため、政府の監視の目が届きにくく、混合練習も行われやすい。

ルールのあるスポーツが「自由になれる隙間」になっている――これもまたイランらしい逆説である。

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