東京タワーと麻布台ヒルズの光を浴びるルーフトップ。スモーカーからは香ばしい煙がゆっくりと立ち上り、焼けた肉の香りが夜風に乗って広がっていく。弾む会話とグラスの氷の音が重なり、夏の夜らしい涼やかな空気が流れていた。
ここは、麻布台の東京アメリカンクラブ。由緒ある会員制クラブとして知られる場所だが、夏のあいだ、その一角にはまったく別の空気が流れる。クラブのプールに隣接するルーフトップに登場するのは、テキサススタイルのバーベキューを楽しめる「Splash!」だ。
5月頭から10月末まで展開されるこの季節限定のバーベキューは、20名以上のグループであれば、非会員でも利用できる。職場の仲間との懇親会、友人との夏の集まり、家族を交えたパーティー──そのすべてを、東京の中心にいながらアメリカ南部の空気で包み込む。
会場は今年、新たにリニューアルされた。木のテーブルやウェスタン風の看板、細部に散りばめられたテキサスらしい装飾が、いつもの東京アメリカンクラブとは違う、少しワイルドな表情を見せている。
ルーフトップに現れた、小さなテキサス
この日、振る舞われたのは、バーベキューの王道とも言える肉料理の数々だった。低温でじっくりと調理されたブリスケット、細かくほぐされたプルドポーク、肉厚なベーコンステーキ、そして香り高いスモークチキン。濃厚ソースをまとった肉の数々は、ひと口ごとに力強く、かむほどに香りや旨みが広がっていく。
もちろん、それ以外にもハンバーガーやケサディーヤ、サーモンステーキ、マカロニ&チーズといった料理も並ぶ。サラダ、コールスロー、コーン、アスパラガスなどもそろい、重厚なバーベキューの合間にさっぱりとした口直しとして楽しめる。
デザートには、ピーチコブラーやピーカンタルトなど、日本ではなかなか出合えないアメリカ南部らしい品々が用意されていた。肉の余韻が残る口に、濃厚な甘みが重なる──デザートまで含めて、アメリカ南部のバーベキューらしさを感じさせる構成だった。
このメニューを率いるのが、東京アメリカンクラブの総料理長リンジー・グレイ氏である。グレイ氏がこだわったのは、海外で食べるバーベキューと同じ雰囲気、そして味付けだった。
「海外で食べるのと同じ雰囲気と味付けにこだわりました。料理の種類も、そうした体験を意識して考えています」
たとえば骨付きのスモークリブにはUSビーフを使い、ステーキにはオーストラリア産の肉を用いる。さらにステーキに使うクレオールスパイスは、ルイジアナ州ニューオーリンズから特別に輸入しているという。東京にいながら、アメリカの地域性まで味わえるようにするための工夫だ。
アメリカンバーベキューの魅力を尋ねると、グレイ氏は、そこには単なる「焼き物」以上の時間があると語った。
「焼き物もありますが、時間をかけて作るものもあります。リブもプルドポークも、すぐには作れません。何日もかけて仕込み、長く燻製して、火を入れていくんです」
豪快に見える料理だが、実は手間も時間もかかっている。肉の柔らかさも、味の奥深さも、ソースに宿る本場らしさも、一瞬で生まれるものではない。
テキサスらしさについて、グレイ氏は牛肉を重要な要素として挙げる。アメリカには豚肉を中心にしたバーベキュー文化を持つ州もあるが、テキサスといえばやはり牛肉。そのため、ビーフに合うバーベキューソースを用意。さらに豚肉には酸味と辛味を効かせた別のソースを合わせている。
「どちらもすごくアメリカンな味付けです。パンチがあります」
デザートにも、アメリカ南部の空気がある。ピーカンパイのバイツ、ピーチコブラー、そして夏らしいスイカ。最後まで一貫して、南部のバーベキューを東京で再現することにこだわっている。
グレイ氏は、そうした思いを一言でこう表現した。
「テキサスのバーベキューを東京で食べるなら、ここしかないと思います」
「空想」を「現実」にする、クラブのスタッフたち
「Splash!」バーベキューの魅力は、料理だけではない。会場全体を包む雰囲気もまた、この体験を特別なものにしている。そしてその空間を作っているのは、東京アメリカンクラブで働くスタッフたちの手である。
施設管理技術者のクリス・イエンセン氏とジョスリン・ウィメット氏は、このルーフトップにテキサスらしい空気を持ち込むため、家具や装飾の制作に関わってきた。
イエンセン氏は、今回のテーマについて「素朴なテキサス、農場やランチのような雰囲気を出すことが大事でした」と振り返る。屋外の会場であるため、見た目だけでなく安全面にも気を配ったという。
「ここは風も強いので、飛ばされないようにどうするか、安全性をどう確保するかも考える必要がありました」
ウィメット氏も、ディレクターの描く「テキサススタイルで、ラスティックな空間」というビジョンに沿って、あえて古びた風合いを出すことを意識したと語る。新しいものを新しく見せるのではなく、長く使われてきたように見せる。その加減が、空間の説得力を生む。
会場のテーブルやサイン、「Caution Hot」と書かれた注意書き、壁に掛けられたメニュー。標準仕様ではないものの多くが、彼らの手で作られ、塗られ、加工され、配置された。
イエンセン氏は笑いながら、「正直に言うと、僕たちはどちらもテキサス出身ではありません。だからGoogleが一番の友達でした」と明かす。Instagramも参考にしながら、カントリースタイルやテキサスらしいディテールを調べたという。
イギリス出身のイエンセン氏は、「ロンドンにはカウボーイはあまりいませんから」と冗談めかして語った。その一方で、カナダ出身で、アルバータ州のバンフ周辺で働いた経験を持つウィメット氏にとって、カウボーイ文化やバーベキューイベントにはどこか馴染みがあった。アルバータもまた、牧場文化で知られる地域だ。過去にそうした地域で働いた経験が、今回の空間づくりにも重なった。
2人に共通しているのは、東京アメリカンクラブという場所への愛着だ。ウィメット氏はここで10年働いている。イエンセン氏も長く在籍し、一度離れた後に戻ってきた。しかも、かつてクラブで働いていた妻ともここで出会ったという。
だからこそ、彼らにとってこの場所は単なる職場ではない。自分たちの手で、誰かの記憶に残る時間を作る場所なのだ。
イエンセン氏は読者へのメッセージを求められると、飾らずにこう語った。
「おいしい料理を楽しんでください。日本の読者の方々にも、料理を通じて少しアメリカ文化を体験してもらえると思います。本格的な料理ですから」
ウィメット氏も、この日初めてクラブのテキサスバーベキューを実際に味わったという。
「正直、期待以上でした。これまで行ったことのある場所と比べても、とてもおいしかったです」
施設管理に携わる高橋卓也氏と栁本啓介氏もまた、東京アメリカンクラブの裏側を支える存在だ。2人は、自分たちの仕事を「世間でいうビルメン(設備管理)」と説明しながらも、ここでの仕事はそれだけにとどまらないと語っていた。
東京アメリカンクラブでは、他部署が思い描くアイデアをどう形にするかが求められる。誰かの「こうしたい」という空想を、実際の空間や設備として現実にしていく。だからこそ自由度があり、同時に責任も大きい。自分たちを頼ってくれた人に最大限の喜びとレスポンスを返したい。次もまた頼ってもらえるような仕事をしたい。2人はそんな思いで日々の業務に向き合っているという。
クラブの魅力については、スタッフ同士のフレンドリーさを挙げていた。東京アメリカンクラブのアットホームさは、表に立つサービスだけでなく、裏方を含めた人間関係のなかにも息づいている。
この日、2人は肉をたくさん味わっていたが、高橋氏が一番好きだったものを尋ねると、少し意外な答えが返ってきた。
「アスパラガスです」
豪快な肉料理が並ぶテキサスバーベキューで、あえてアスパラガス。その答えに周囲が笑う。だが、そんな小さなやり取りもまた、この場所らしい。肩肘張らず、自然に楽しめる空気がここにはある。
東京のレストランにはない、アメリカンな味
バーベキューを楽しんでいたのは、施設管理のスタッフだけではない。バンケットイベントスーパーバイザーのニュートン未加氏とサブリナ・ハンター氏も、クラブでの仕事や「Splash!」バーベキューの魅力について話してくれた。
2人は普段、東京アメリカンクラブでバンケットイベントを担当している。メンバーの子供たちの誕生日会をはじめ、家族や企業のさまざまなイベントを形にする仕事だ。依頼主の希望を聞き、料理や会場、演出を組み合わせながら、その人たちらしい時間を作っていく。
2人が「Splash!」の魅力として挙げたのは、東京の一般的なレストランではなかなか味わえないアメリカンなメニューだった。日本でも屋外でバーベキューを楽しむ文化は広がりつつあるが、どのような料理を出すかで体験は大きく変わる。昨年のメニューはハワイアンをテーマにした夏らしくさっぱりした内容だったが、今年はテキサスバーベキュー。より力強く、よりアメリカらしい味わいになった。
そして、もうひとつの魅力が景色だ。目の前に東京タワーを望めるロケーションは、食事そのものに特別感を与える。テーブルにはアメリカンな肉料理が並び、視線の先には東京の夜景が広がる。そのギャップこそが、「Splash!」を単なる食事ではなく、記憶に残るイベントにしている。
「アメリカらしさ」とは、もてなしの形である
この「Splash!」バーベキューを、東京アメリカンクラブとしてどう位置付けているのか。ゼネラルマネージャー(GM)兼最高執行責任者(COO)のダスティン・マカヴォイ氏は、今回のテキサスバーベキューについて、クラブとして数年かけて育てていくテーマだと語った。
「テキサスバーベキューというコンセプトは、ここ3、4年で形を変えながら続けてきました。毎年違う形で展開してきましたが、今年はこのテーマを2、3年継続していこうと考えています。メンバーの皆さんにも、テキサスバーベキューとはどういうものかを知っていただけるようにしたいのです。最初から反応は非常に良いですね」
昨年はハワイアンをテーマにしていた。それもアメリカらしい要素を持つ企画だったが、今年のテキサスバーベキューは、さらに多くの人が直感的に理解できる「アメリカ体験」だとマカヴォイ氏は考えている。
ただし、東京アメリカンクラブの「アメリカらしさ」は、単純な国籍の話ではない。会員には70もの国籍、スタッフには45もの国籍がある。多様な文化が交わる場所だからこそ、アメリカという名前を掲げながらも、その本質は開かれたホスピタリティにある。
「私たちは“東京”アメリカンクラブですが、実際にはとても多国籍な場所です。だからこそ、東京アメリカンクラブに来た方々にアメリカ体験を提供できることは、とても意味があります。今年の『Splash!』バーベキューのテキサステーマは、そのアメリカ体験を強く感じていただけるものだと思います」
お気に入りの料理を尋ねると、マカヴォイ氏はスモーカーで仕上げた料理を挙げた。ステーキ系のバーベキュー、プルドポーク、さまざまなサラダ。ステーキが苦手な人にはチキンも勧めたいという。そして「スモーカーに入っているものは、どれも最高です」と語った。
メニュー作りにも、クラブとして力を入れてきた。総料理長のリンゼイ・グレイ氏と、フード&ビバレッジ・ディレクターのジェラール・ボネンファン氏が、アメリカンバーベキューの本質をどう表現するかを考え抜いたという。
その流れは、クラブ内の別のレストランにも広がっている。マカヴォイ氏によれば、3階のレストラン「51 East」は「Prime 51」として新たに展開され、アメリカンステーキを中心に提供する予定だ。オーストラリア、ニュージーランド、日本のステーキではなく、アメリカ産プライムビーフに特化する。東京ではなかなか出合えない高品質なUSプライムステーキを、クラブ全体の食体験の軸のひとつにしていく考えだ。
それは、よりアメリカンなメニューを増やす戦略なのか。そう尋ねると、マカヴォイ氏は、それはクラブの文化の中にあるものだと答えた。
東京アメリカンクラブは2028年に100周年を迎える。現在、クラブでは次の100年を見据えた長期戦略を考えている。そのなかで問い直しているのが、「アメリカらしさ」とは何か、ということだ。
「私にとって、それはホスピタリティや存在感に近いものです。100%純粋なアメリカである必要はありません。私たちは歓迎する場所でありたい。アメリカ文化をテーマにしたおいしい料理を提供したい。でも、それだけが私たちのすべてではありません。私たちは多国籍な場所ですから」
子供向けレストランではピザを出す一方、カフェではタイ料理や地中海料理も提供する。さまざまな文化が共存するなかで、「Splash!」バーベキューのようにテーマを明確にしたレストランやイベントが、クラブの個性を際立たせる。
「『Splash!』のテキサスバーベキューのようなテーマ性のある企画は、まさに私たちらしいものです。そして私たちは、それを非常にうまくやっていると思います」
読者へのメッセージとして、マカヴォイ氏は、海外留学や駐在などで経験したアメリカの空気が恋しい人にこそ、東京アメリカンクラブを訪れてほしいと語った。
「学生時代や海外生活で経験したアメリカの雰囲気が恋しい方には、東京アメリカンクラブがさまざまな形でその体験を提供できます。もちろん会員になるという選択肢もありますが、会員でなくても、企業イベントやパーティーなどを通じて、私たちのバンケットスペースでアメリカの味わいを体験していただけます」
会員でなくても、東京の夏に「アメリカ」を味わえる
東京アメリカンクラブと聞くと、由緒ある会員制クラブという印象を持つ人は多いだろう。確かにその歴史と格式は、この場所の大きな魅力だ。だが「Splash!」バーベキューを体験すると、この場所の魅力がそれだけではないことに気づく。
会員でなくても、ここで特別な時間を作ることはできる。しかもそれは、フォーマルなパーティーに限らない。スモーカーから煙が上がり、肉の香りが広がり、東京タワーの光を浴びながら、グラスを片手に笑い合う。そんなリラックスした夏の時間も、東京アメリカンクラブは用意している。
プランは20名以上から利用可能で、1人1万4100円(会員は1万2000円)から。職場のチームでの夏の懇親会に、友人同士の集まりに、家族を交えたパーティーに。東京の夜景とテキサスバーベキューが重なる時間は、いつもの飲み会や食事会とはまったく違う記憶を残してくれるはずだ。
詳しいプランと予約情報はこちらから。
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