コロナ禍、日本の学校は再開が早かった
映画にはマスクをした子がたくさん出てくるし、みんな給食も飛沫防止のパーテーションで仕切られた机で食べていた。それらの光景の背後には、避けられない事情があったのだ。
欧米では休校が長引く中、日本ではわずか3か月で学校が再開されました。その背景には、学校という場所の捉え方の違いがあったと思います。
学校は教科を学ぶ場所という考え方を基本とする社会においては、学校の勉強はオンラインでも十分に代替できるものとみなされました。しかし、学校を単に「教科を学ぶ場所」ではなく、「小さな社会として人格の基礎を作り、人間関係形成力を養う場所」としてとらえている日本では、子どもたちの対面学習の一刻も早い再開が優先されたのです。(169〜170ページより)
もちろん、不登校にならざるを得ない子もいるはずなので、そうした子を否定するという意味ではない。しかし著者も指摘しているように、教育を受けることによって人格が形成された人々が「どう考え」「どう振る舞うか」、その結果が社会を構成するのだ。
また、映画を観た後、同じ思いを抱いた人もいるだろうが、この作品の魅力はもうひとつある。子どもだけでなく、先生の苦悩にも光を当てている点だ。
「もうダメかもしれないと何度か考えた」と話す先生の姿が記憶に残っているが、著者は「先生も人間なのだ」という当たり前の事実を社会に改めて認識してもらいたかったようだ。
完璧な人間がいないように、完璧な先生などいません。先生の言うこと、やることが全て正しいと信じなければいけない時代でもありません。
それでも、たとえば金儲けのために先生になるなんていう話は聞いたことがありません。志がなければできない職業だと思います。問題のある先生が一部にいたとしても、その他大半の皆さんは子どもたちのために精一杯尽くしているという事実を知ってほしいのです。(188ページより)