異なる3つの環境に身を置いてきたから

本人にとって公立小学校での生活は“当たり前のこと”であり、むしろインターナショナルスクールの自由さに驚かされたようだ。いずれにしても、大きく異なる3つの環境に身を置いてきたからこそ、“当たり前”の中にある独自性に目を向けることができたのかもしれない。

映画の話が長くなってしまったが、本書の大半は、そんな著者の半生を時系列に沿って振り返ったものである。

つまり自分史的であり、本のタイトルが期待させる答えが明示されているわけではない。そのため最初は戸惑ったが、読み進めていくと、多くの経験があったからこそ『小学校〜それは小さな社会〜』に行き着いたのだなと理解できた。

だが、撮影許可を得るまでに約30校もの学校を訪ね歩いたそうで、作品を完成させるまでの道のりは長かったようだ。無理もない話ではある。なにしろ“前例”がないのだから。何か新しいことをしようとするとき、前例がないことを理由にされるのはよくある話だ。

しかし、そこでチャンスが訪れる。

 帰国後最初に暮らしていた世田谷区が、アメリカのホストタウンになることに気づいたのです。このようなメモリアルイヤーに、アメリカと繋がりがある我々が、区内の学校を世界中に紹介する。この建付けなら、世田谷区も話を聞いてくれるのではないかと考えました。(168ページより)

そこから話は一気に進み、アメリカ在住経験のある区議を通じて区長や教育庁に話す機会を得、世田谷区の学校で撮影できることが決まった。2020年1月には映画の舞台となる学校が決まるが、そんな矢先にパンデミックが起こって学校が休校となったため、撮影も延期になってしまう。

それでも翌2021年に撮影しようと決めたのは、「パンデミックの緊急事態だからこそ見える、日本の学校の特徴がある」と気づいたからだという。

コロナ禍、日本の学校は再開が早かった
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