「ニワカ」だけど
白状すると、僕は日本サッカーを追い続けてきたわけではない。22年W杯の後に日本の試合を見たのは、今年3月にスコットランドとイングランドを相手にした試合が初めてだ。
ゲームを深く読み解くこともない。「偽9番」とか「ダイヤモンド型の中盤」といった戦術の話題を振られたら、僕はただニコニコしてうなずくだけだ。でも僕は特ダネに出合えば、それが特ダネであることは分かる。そして日本サッカーの物語は、まさに特ダネ級なのだ。
日本サッカーに関して、僕はファンの掟を破ってきた。応援するチームを恥ずかしげもなく、しかもしばしば乗り換えてきたのだ。
それなりの理由はある。93年にJリーグが始まったとき、僕は学生として関西に住んでいたので(神戸だ)、ガンバを応援した。その後、教師になって埼玉県の浦和に住み、友人がファンだったこともあり、浦和レッズに愛着を持つようになった。
その後、東京に住み、次々と別のチームを追うようになった。FC東京をサポートしたのは、旧国立競技場がホームだった1シーズン。横浜F・マリノスを追ったのは、オズワルド・アルディレス監督が第1ステージ優勝に導いた年だ。最終節に奇跡のような形で優勝が決まった。
清水エスパルスは、第2ステージに優勝した年だ。大分トリニータの本拠地である通称「ビッグアイ」にも1度行った。近代的なスタジアムのなかで一番好きだ。
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