最新記事
感染症

「沈黙のパンデミック」が新生児を襲う...抗生物質が効かない薬剤耐性の病原体が増加

The Silent Pandemic

2023年12月8日(金)13時40分
ジェス・トムソン(本誌科学担当)
抗生物質に関する臨床研究の焦点は成人に向けられており、多くの場合において子供は置き去りにされている SASIISTOCK/ISTOCK

抗生物質に関する臨床研究の焦点は成人に向けられており、多くの場合において子供は置き去りにされている SASIISTOCK/ISTOCK

<こうした薬剤耐性は東南アジア諸国と太平洋の島しょ国だけでなく、アメリカなどでも増えているという>

人呼んで「沈黙のパンデミック」。新型コロナウイルスと違って誰も(政府もマスコミも)騒ぎ立てないけれど、ごく平凡な感染症により世界中で多くの、とりわけ子供の命が失われている状況を指す。

肺炎や敗血症、髄膜炎などの治療にはしばしば抗生物質が用いられる。しかし権威ある医学誌ランセットの「リージョナル・ヘルス東南アジア版」(10月30日付)に掲載された論文によれば、今や一般的な抗生物質の効かない症例が50%を超えるという。

最も深刻なのはインドネシアやフィリピンなどの東南アジア諸国と太平洋の島しょ国だが、こうした薬剤耐性(既存の抗生物質が効かない病原体の出現)はアメリカなどでも増えている。

WHO(世界保健機関)は薬剤耐性を「公衆衛生上の十大脅威」の1つに位置付けている。世界では毎年、敗血症などの疾患で50万人超の新生児が死亡しているが、その多くは薬剤耐性を持つ耐性菌に由来するという。

「WHOもG7も世界経済フォーラムも、薬剤耐性を人類の健康に対する地球規模の脅威と認めている」と言うのはマクマスター大学(カナダ)MDG感染症研究所のロリ・L・バローズ教授(生化学)。「現代の医療は多くの面で抗生物質に依存している。切開を伴う外科手術には不可欠だし、癌患者など免疫力の低下している人の治療にも、早産児の命を守るためにも使う」

しかし、とバローズは続けた。病原体を殺すはずの抗生物質にさらされても「進化の過程で突然変異により耐性を獲得した病原体は生き残る」。しかも、こうした微生物(ウイルスを含む)のDNAは細胞分裂を繰り返して無限に増え続ける。

つまり、私たちが抗生物質を使えば使うほど、病原体が耐性を獲得する確率も高まる。医療現場だけではない。農家は作物や家畜を守るため、予防的に大量の抗生物質を使っている。一部の国や地域では処方箋なしで抗生物質を買えるから、素人判断で服用する例も多い。こうしたことが、薬剤耐性の問題をますます複雑にしている。

米ロチェスター工科大学のアンドレ・ハドソン教授(生化学)によれば、耐性菌は遺伝子の突然変異と水平伝播という2つのプロセスを通じて増殖していく。

まず、病原体は生きているから、その遺伝子は時間の経過とともに不可避的に突然変異を起こす。運よく薬剤との接触に関与する遺伝子に変異が起きれば、その薬剤に触れても死ななくなる。そして、その遺伝子は細胞分裂によって次世代へ受け継がれる。

一方、水平伝播では病原体が外部から耐性遺伝子を獲得する。細胞外のDNAを取り込む(形質転換)こともあれば、別の病原体から直接的にDNAを取り込む(接合)ことも、特殊なウイルスを介して遺伝子を取り込む(形質導入)こともある。

【20%オフ】GOHHME 電気毛布 掛け敷き兼用【アマゾン タイムセール】

(※画像をクリックしてアマゾンで詳細を見る)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7、中国の有害な商慣行に対応と確約 首脳声明

ワールド

ハリス米副大統領、ウクライナ平和サミットに出席 バ

ワールド

ローマ教皇、AI巡り警告 G7サミットに初出席

ビジネス

米ミシガン大消費者信頼感、6月速報値は7カ月ぶり低
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:姿なき侵略者 中国
特集:姿なき侵略者 中国
2024年6月18日号(6/11発売)

アメリカの「裏庭」カリブ海のリゾート地やニューヨークで影響力工作を拡大する中国の深謀遠慮

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名が海水浴中に手足を失う重症【衝撃現場の動画付き】

  • 3

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 4

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 5

    「これが野生だ...」ワニがサメを捕食...カメラがと…

  • 6

    この10年で日本人の生活苦はより深刻化している

  • 7

    国立新美術館『CLAMP展』 入場チケット5組10名様プレ…

  • 8

    ウクライナ軍がロシアのSu-25戦闘機を撃墜...ドネツ…

  • 9

    日本人の「自由」へのこだわりとは?...ジョージア大…

  • 10

    ジブリの魔法はロンドンでも健在、舞台版『千と千尋…

  • 1

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開するシーン」が公開される インドネシア

  • 2

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車の猛攻で、ロシア兵が装甲車から「転げ落ちる」瞬間

  • 3

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思っていた...」55歳退官で年収750万円が200万円に激減の現実

  • 4

    認知症の予防や脳の老化防止に効果的な食材は何か...…

  • 5

    毎日1分間「体幹をしぼるだけ」で、脂肪を燃やして「…

  • 6

    米フロリダ州で「サメの襲撃が相次ぎ」15歳少女ら3名…

  • 7

    堅い「甲羅」がご自慢のロシア亀戦車...兵士の「うっ…

  • 8

    「クマvsワニ」を川で激撮...衝撃の対決シーンも一瞬…

  • 9

    カカオに新たな可能性、血糖値の上昇を抑える「チョ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃が妊娠発表後、初めて公の場…

  • 1

    ラスベガスで目撃された「宇宙人」の正体とは? 驚愕の映像が話題に

  • 2

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    「世界最年少の王妃」ブータンのジェツン・ペマ王妃が…

  • 5

    ニシキヘビの体内に行方不明の女性...「腹を切開する…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    接近戦で「蜂の巣状態」に...ブラッドレー歩兵戦闘車…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しす…

  • 9

    早期定年を迎える自衛官「まだまだやれると思ってい…

  • 10

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中