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東京都議選の候補者が、政策を訴えるビラを配れない理由

2017年6月27日(火)10時42分
長嶺超輝(ライター)

戦後すぐ、日本国憲法が施行された直後の衆院選を受けて、読売新聞の「読者法律相談」欄には、「総選挙も間近に迫つたためか、街頭に立候補するかと思われる人たちの名を書いたビラやペンキ書きが目立つて多くなりました」との記載もあり(1948年12月8日朝刊2面)、当時の雰囲気をうかがうことができる。

この頃から、選挙ビラが世間の人々に迷惑がられる存在だったのは間違いないが、ビラの大量配布が当選に近づくための有利な戦略だったことも確かで、政治家の側から改善策が提示される動機は薄かったのかもしれない。

両陣営合わせて2000万枚! でも参考にした人は3%だけ?

選挙ビラに対する世間の拒絶反応が決定づけられた出来事が、1970年の京都府知事選挙である。現職と有力な新人候補との事実上の一騎打ちだったが、京都府警の推計によれば、ビラや機関紙号外、ポスターやパンフレットなど、両陣営で合わせて2000万枚が配られたのである。

加えて、双方の候補の「シンボルマーク」が描かれた紙片も大量にばらまかれた。この状況に対して、府民は「選挙公害」「紙爆弾」と、皮肉交じりに厳しく批判した。

選挙日の前夜には、シンボルマークを服に付けた男たちが、街行く人に「誰に投票するのか」と声をかけながら路地をうろつくという異様な雰囲気だったようだ。

1973年の東京都議選では、オイルショックの影響による物資不足が深刻で、紙の値段が平均で2割も値上がりしていたご時世だったが、大型トラック1000台分ともいわれる膨大なポスターやビラが撒かれて、有楽町駅前など都内の繁華街では、捨てられた無数の選挙ビラが歩道をびっしりと埋め尽くしていたという。

一方、その年の自治省(現在の総務省)の調べで、「選挙で投票する候補者を決めるのに役立ったものは何か」という質問に、「政党のビラ、ポスター」と回答した人は、全体のわずか3.4%しかいないことも判明した。

のちに、時の三木武夫首相は「言論、表現の自由は守らなければならないが、選挙を公正に行うため、ビラを規制するのは世論だ」との趣旨の発言をしている(1975年5月30日、衆議院公選法改正調査特別委員会)。そこで、当時の改正公職選挙法により、国政選挙でのみ、枚数や大きさの制限と、選管への事前届け出を条件に、選挙ビラの配布が認められることになった。

地方選挙では、ようやく2007年に知事選と市区町村選で、ローカルマニフェスト(地方の政権公約)を記載した選挙ビラの配布が公式に解禁されている。

そして、2019年春の統一地方選から、地方議会の議員選挙でもマニフェストのビラ配布が許されることになっている。候補者1人が配布できる枚数は、都道府県議選が1万6000枚、政令市議選が8000枚、それ以外の市・特別区議選が4000枚だ。

間違っても、参考にする人が3%台しかいないガッカリの内容になってほしくはない。各候補者、各政党には、21世紀にふさわしい読みごたえのある選挙ビラを作っていただきたいものだ。

ともかく今回は、ビラが配られない最後の東京都議選となる。

【参考記事】参院選は7月11日生まれの「17歳」も投票できます
【参考記事】都知事に都議会の解散権はない......が、本当に解散は不可能か?

[筆者]
長嶺超輝(ながみね・まさき)
ライター。法律や裁判などについてわかりやすく書くことを得意とする。1975年、長崎生まれ。3歳から熊本で育つ。九州大学法学部卒業後、弁護士を目指すも、司法試験に7年連続で不合格を喫した。2007年に刊行し、30万部超のベストセラーとなった『裁判官の爆笑お言葉集』(幻冬舎新書)の他、著書11冊。最新刊に『東京ガールズ選挙(エレクション)――こじらせ系女子高生が生徒会長を目指したら』(ユーキャン・自由国民社)。ブログ「Theみねラル!」



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