最新記事

ソーシャル出版

「Kickstarter出版」 の評価と可能性:1億ドルの実績

2017年2月17日(金)17時45分
鎌田博樹(EBook2.0 Magazine)

リスクヘッジとマーケティングの融合

KDPという最強の自主出版プラットフォームを持つアマゾンは、CreateSpaceでの印刷本制作支援をPoDに結びつけることで、紙と紙を中心とした実書店へのチャネルを(アマゾン書店を含めて)強化しつつある。他方で同社はアマゾン出版という在来出版モデルを有し、1ダースあまりのブランドの多くを成功させて大手出版社に匹敵する出版事業を行っている。そちらではクラウドソースを市場予測に取入れることでリスクの低い(あるいはROIの大きい)在来出版の可能性を試行している。

いずれにせよ、出版の主役は著者と読者である。本はあらゆる商品の中でも最も個別性が強く、それによってコマースの基礎を形成することを発見したのはアマゾンだが、そのことに目を向けずに伝統的な業界慣行を続けてきた在来出版社が見えないデジタル市場で没落した原因は「著者との関係の疎遠化」であった。"Kickstarter出版" は、その問題点を明確にしていると思われる。

ビジネスはリスクとリターンのマネジメントだ。旧ビッグファイブに代表される出版の大規模化は、出版の低いROIと相対的に高いリスクを管理する方法だった。著者と書店に対する交渉力を最大化することで、大出版社は安定を維持した。

その後、リスク計算の前提であった印刷本はデジタルによって相対化された。デジタルは著者の潜在的な交渉力を高めたのだが、大出版社はデジタル転換の意味を読み違え、著者と読者との関係再構築よりも、現状維持を優先した。2010年以後は「敗着」の連続で、デジタル・マーケティングへの投資を生かせていない。

出版社は著者との関係を変えることに消極的だったので、中堅以下の著者が自主出版に流れても気にしなかった。奢りというしかないが、人間の意識が現実に追いつけない歴史の転換期にはそうしたことはむしろありふれたものに見える。

まずオンライン流通によって本と出版は書店への依存を離れ始め、次いでE-Bookによって著者が出版社への依存を離れ始めた。AEレポートが指摘するように、問題は「紙かデジタルか」の二者択一ではなく、オンラインを使わない従来の出版モデルにおいて著者と出版社と書店の共存が困難になっていることだ。書店は衰退し、著者は離反している。この状態は持続できない。主体が誰であれ、オンラインが主流になっているコミュニケーション環境に最適化したビジネスモデルだけが生き残るだろう。

※当記事は「EBook2.0 Magazine」からの転載記事です。
images.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=円が軟化、介入警戒続く

ビジネス

米国株式市場=横ばい、AI・貴金属関連が高い

ワールド

米航空会社、北東部の暴風雪警報で1000便超欠航

ワールド

ゼレンスキー氏は「私が承認するまで何もできない」=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中