最新記事

行動遺伝学

「遺伝」という言葉の誤解を解こう:行動遺伝学者 安藤寿康教授に聞く.1

2017年2月21日(火)15時10分
山路達也

Yagi-Studio-iStock

知能を含む人間の能力は、遺伝の大きな影響を受ける......。行動遺伝学のショッキングな研究結果は大きな反響を呼びました。そこで、第一人者である安藤寿康教授に、遺伝にまつわる疑問に答えていただきました。

yamaji1_.jpg


•安藤寿康著『日本人の9割が知らない遺伝の真実』(SB新書)

誤解されやすい「遺伝」という言葉

――1月に掲載された「「知能が遺伝する」という事実に、私たちはどう向き合うべきか?」という記事には大きな反響がありました。ただ、Twitterやはてなブックマークなどを見ると、親の能力がそのまま子どもに受け継がれると思っている人も多いようです。

安藤:「子どもたち、すまん」と謝っている方もいらっしゃいますね。そういう話じゃないと言っているんですけど(笑)。

――「遺伝」という言葉には「遺し伝える」、親から子どもに伝わるというイメージが強くありますからね。

安藤:遺伝子は英語で"gene"と言いますが、これは"generate"(生み出す)や"generation"(世代)と同じ語源で、新しく生成されていくことに重きを置いた言葉なんです。

ちなみに、中国語で「遺伝」に当たる言葉は、遺伝子の"gene"を音訳した「基因」だそうですよ。ただ、中国人の研究者に尋ねたところ、中国語の「基因」も親から受け継ぐものと受け止められることが多いそうですが。

中学校や高校の生物で「メンデルの法則」を習ったと思いますが、単純な形質(遺伝的な性質)でも親と同じにはなりません。たくさんの遺伝子が関わる形質に関して、子どもの表現型(外見に現れた性質)はもっとばらけますから親と同じようになるわけではない、というより、ならないことの方が多いと受け止めた方がいいでしょう。

――コメントで多かったのが、遺伝の影響という概念がわかりにくいということでした。例えば、肥満に関して遺伝率は88%、知能に関しては50%強ということですが、この数字はどう考えたらよいのでしょう?

安藤:遺伝率は、定義としては「表現型の全分散(ばらつき)に占める遺伝分散(遺伝で説明できるばらつき)の割合」ということなんですが、直感的には、「ある集団の中で相対的に、ある性質が後天的にどのくらい変わりやすい」かを表していると考えてください。つまり、遺伝率が50%の形質より、遺伝率80%の形質の方が、ある特定の社会の中で、環境によって相対的順位を変えにくいということを表しています。

例えば、肥満傾向の強い遺伝子セットを持って生まれた人が痩せようと思ったら、そうでない人に比べて相当頑張らないといけないということです。

誤解されがちなんですが、持って生まれた性質は絶対に変わらないということではありません。あくまでも今のある社会における相対的な位置が、その社会で取りうる環境資源のバリエーションのもとで、どの程度変わりやすいかということ。

仮に身長の遺伝率が100%だとしても、社会全体が飢餓状態から飽食の時代に変わるなど、集団が全体として変われば、身長は伸びます。だけど今のその集団の中にある栄養の取り方のちがいやダイエット法の選び方くらいでは身長の順位は変わらない。一卵性双生児はそれぞれ同じ順位のまま、身長が高くなるという意味なんです。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年2月以来の低水準

ビジネス

アングル:「豪華装備」競う中国EVメーカー、西側と

ビジネス

NY外為市場=ドルが158円台乗せ、日銀の現状維持

ビジネス

米国株式市場=上昇、大型グロース株高い
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 4

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 5

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 8

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 9

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中