最新記事

イギリス

英国EU離脱投票、実は世代の「上vs下」が鍵を握る?

2016年6月15日(水)17時50分
ブレイディみかこ

 さらに、前出のYouGovの世論調査では、ミドルクラスでは52%が残留希望、32%が離脱希望だが、これがワーキングクラスになると36%が残留希望で、50%が離脱希望と結果が見事に逆転する。つまり、残留派の「経済的な脅し」戦略は、失う資産を持っている層には効果的だが、すでに緊縮財政で貧しい生活を強いられている労働者階級には効かないということだ。後者にとってそれよりも大きいのは、現政権やエスタブリッシュメントへの憎悪だ。


「経済のハルマゲドン」の脅しは、無視され、のけ者にされ、軽視されてきたと感じているコミュニティの人々には響かない。絶え間ない経済不安の中で生きている人々に「経済不安を招く!」と言っているのだ。保守党の首相が英国のエスタブリッシュメントたちと徒党を組んで脅しの文句を口にしているのだから、大勢の人々はそれに中指を突き立てたくなる。

出典:Guardian: "Working-class Britons feel Brexity and betrayed ... Labour must win them over " by Owen Jones

 この状況には労働党の影の内相アンディ・バーナムも警鐘を鳴らしている。北部出身の彼は、労働党は「北部の労働者階級層」という自らの伝統的支持基盤にもっとアピールする必要があり、ロンドンのリベラルなミドルクラスや外国人からの支持を頼みにしているだけでは、EU離脱派を勝たせてしまうことになるだろうと危惧している。彼はこう発言している。


「近年の労働党はあまりにもハムステッド(ロンドン北部の瀟洒な高級住宅街)寄りになりすぎ、ハル(ワーキングクラス人口が多いことで知られる北部ヨークシャーの都市)を見捨ててきた。我々はそれを変えなければならない。EU離脱投票の2週間前になって、我々はリアルな離脱の危機に晒されているのだ」

出典:Guardian:"Andy Burnham sounds alarm at 'very real prospect' of Brexit"

 労働党は今回のEU離脱問題で「ハムステッド的なものとハル的なものをつなげる」ことができていない。保守党の緊縮財政のせいで、倹約と締め付けで疲弊した労働者階級の人々は、一見アンチ移民に走っているように見えるが、実はオーウェン・ジョーンズが指摘するように、単なる「アンチ政権」に走っているのかもしれない。

 だから、違う動機でたまたま首相と同じ陣営に立っているコービンですら許すことができず、これまでコービンを支持していた労働者層が労働党を離れているとも言われている。

世代の「上VS下」が実は鍵を握る?

 また、こうした収入や階級の「上」対「下」問題に加え、今回大きく取り沙汰されているのは、年代の「上」対「下」だ。
 EU離脱の是非に関しては世代間で大きなギャップがあるというのだ。

 BBCが50歳以上のほとんどの人々は「離脱」を支持しているが、若年層では「残留」支持が増えるという主旨の特集を行っている

 50代以上の、マジョリティーは英国人。という時代に育った人々は「国境を閉じて、移民をコントロールしろ」という考え方が主流だが、移民に囲まれて育った若いダイヴァーシティ世代は「なんで今更閉ざすの?」と思う人が多い。今回のEU離脱投票の鍵を握るのは若者たちだとも言われ、コービンや、女優のエマ・ワトソンなどが若い世代に「投票に行って欲しい」と呼びかけている

 わたしの周囲でも、配偶者の同僚、友人のような中高年労働者はやはり圧倒的に離脱派が多い。逆に、同じ労働者階級でも若い同僚の保育士や学生はみな残留派だ。EUがなかった時代を知っている前者は「別に英国はあの頃も大丈夫だった」と言うし、EU世代の後者は「だって海外旅行が大変になるんでしょう?」という素朴な疑問を抱いていて、欧州の他国出身の恋人がいる子(これがまたけっこういる)などは切実に残留を望んでいる。

 EU離脱投票の行方を決めるのは、実は「右」対「左」の概念ではなく、どうやら階級や年齢層で分かれる「上」対「下」のようだ。

 わたしはずっと、EU離脱投票について「またスコットランドのときと同じで、拮抗して大騒ぎになるけど最終的には残留派が勝つ。英国ってそんな国」と思って来たのだが、今回とスコットランド独立投票には大きな違いがある。それは、スコットランドがグレイトブリテンの一部になったのは300年前の話だが、それに比べればEUなんてのはぜんぜん最近のことであり、「そんなの自分の若い頃はなかったもん」と言う世代がまだ大勢生きているということである。

 この世代には、確かに「離脱したら世の終末が訪れる」的なドラマチックな脅しはスルーされるだろう。


[執筆者]
ブレイディみかこ
在英保育士、ライター。1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。2016年6月22日『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)発売。ほか、著書に『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国万科の社債権者、返済猶予延長承認し不履行回避 

ビジネス

ロシアの対中ガス輸出、今年は25%増 欧州市場の穴

ビジネス

ECB、必要なら再び行動の用意=スロバキア中銀総裁

ワールド

ロシア、ウクライナ全土掌握の野心否定 米情報機関の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 6
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 7
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    米空軍、嘉手納基地からロシア極東と朝鮮半島に特殊…
  • 10
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中