最新記事

貿易

TPPは上位1%のためにある

以前は貿易自由化で大きくなったパイが賃金上昇につながったが、今は上位1%を富ませるだけ

2016年3月17日(木)19時51分
ロバート・ライシュ(元米労働長官)

庶民には損ばかり? TPPが最も利益を生むのはこうしたモノの貿易ではない(加州ロングビーチの港) Bob Riha Jr.- REUTERS

 かつては私も自由貿易協定はいいものだと思っていた。だがそれは、アメリカの経済成長の恩恵をごく少数の富裕層が独占し、その他すべてのアメリカ人の賃金が伸び悩むようになる前のことだ。

 1960~1970年代に合意した貿易協定は、世界のアメリカ製品への需要を飛躍的に増やし、アメリカ国内の労働者に支払われる賃金も上がった。

 しかし今の貿易協定は、アメリカ製品への需要を高めることは同じでも、企業や金融機関の利益を膨らませるばかりで国内労働者の賃金は上がらず、低いままだ。

【参考記事】共和党エスタブリッシュメントはなぜ見捨てられたのか

 実のところ、近年の貿易協定は、輸出入という意味での貿易というよりグローバルな投資が主たる対象になっている。

 アメリカの大企業は、もはやほとんど国内では生産していない。海外で売るものは海外で生産している。

トクをするのは大企業と銀行だけ

 そんなアメリカ企業が今も「輸出」しているものと言えば、ごく少数のクリエイターやエンジニアの手になるアイデアやデザイン、フランチャイズ、ブランド、ソフトウエアなどだ。

 アップルのiPhoneは日本やシンガポールをはじめとするアメリカ以外の国や地域で生産した部品を中国で組み立てている。iPhoneに関して唯一アメリカ製といえるのは、カリフォルニアの一握りのエンジニアやマネジャーが開発したデザインや仕様ぐらいだ。

 その上アップルは利益のほとんど海外に蓄えている。アメリカでの課税を逃れれるためだ。

 近年の「貿易」協定は、大企業やウォール街の金融機関、その経営陣や大株主には巨額の利益をもたらした。なぜなら彼らは、新しく開かれた海外の市場や消費者に直接アクセスできる利点があるからだ。

 特許権や商標権、著作権といった知的財産権の保護でトクをするのも、海外に工場や設備、金融資産を多く保有する大企業や金融機関だ。

 世界のGDPの40%を占める巨大な貿易協定である環太平洋自由貿易協定(TPP)を、大企業やウォール街が熱烈に支持するのはそのためだ。

 TPPによって、大企業はさらに手厚い知的所有権の保護を受けるることができるし、企業活動の障壁となるような法制度があれば、それが医療や安全、環境に関わることであっても、異議を申し立てることができる(ISD条項)。だが大多数のアメリカ人にとってここから得るものはほとんどない。

【参考記事】TPPが医療費高騰を招く?

 貿易協定によって企業の海外生産がより自由になった結果、アメリカ人の労働者はますます海外の低賃金労働者との競争を強いられ、賃上げ要求はいっそう難しくなっている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、選挙での共和党不振「政府閉鎖が一因」

ワールド

プーチン氏、核実験再開の提案起草を指示 トランプ氏

ビジネス

米ADP民間雇用、10月は4.2万人増 大幅に回復

ワールド

UPS貨物機墜落事故、死者9人に 空港は一部除き再
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    カナダ、インドからの留学申請74%を却下...大幅上昇の理由とは?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    もはや大卒に何の意味が? 借金して大学を出ても「商…
  • 6
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 7
    若いホホジロザメを捕食する「シャークハンター」シ…
  • 8
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 9
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中