最新記事

人権

虐待の定義を変えるサウジ家政婦の現実

問題は雇い主に与えられた過度な支配権。出稼ぎ労働者への聞き取り調査で見えてきた実態とは

2015年11月10日(火)16時00分
ロスナ・ベグム(人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ研究者)

繰り返される事件 サウジアラビアで虐待されて負傷し病院に収容されたインドネシア人家政婦(05年) Zainal Abd Halim-REUTERS

 衝撃的なニュースだった。サウジアラビアで家政婦として働いていたインド人女性が10月、雇用主から手を切り落とされる事件が起こった。首都リヤドの病院に横たわるカストゥリ・ムリナシラムは、テレビの前でこう訴えた──雇い主に辞めたいと願い出たが聞き入れてもらえず閉じ込められた。サリーをロープ代わりに窓から逃げようとしたところ右手を切断され、3階から転落した。

 サウジアラビアで家政婦が残酷な虐待を受ける事件は、これが初めてではない。2010年にはスリランカ人家政婦が雇い主から体にくぎを打たれたり、インドネシア人の家政婦が雇い主に顔をハサミで切り付けられたうえアイロンを押し当てられたりした。昨年は、フィリピン人家政婦が雇い主の母親から熱湯をかけられ重傷を負っている。

 これらはあくまで被害者が生き延びたケースだ。虐待死したり、逃れる途中で亡くなったり、思い悩んで自殺した者も数多い。

 サウジアラビアだけではない。湾岸諸国ではこの手の話をよく耳にする。アラブ首長国連邦(UAE)ではパレスチナ人の夫婦がエチオピア人家政婦を殺害し、化学薬品を使って顔や指紋を焼く事件もあった。

 だが家政婦への虐待と搾取は、気付かれず葬り去られるケースがあまりに多い。私は湾岸諸国で働く多くの女性に聞き取り調査を行い、深刻な実態を耳にした。雇い主にパスポートを取り上げられた、給料を差し押さえられた、休憩も休日も与えられず1日21時間働かされる、家から出してもらえない、食事も寝る場所も与えられない、精神的、肉体的、性的虐待を受ける......と彼女たちは口々に訴えた。時には強制労働や人身売買と言えそうなケースもある。

労働法の保護から外れる

 こうした虐待や搾取は、雇い主が家政婦に過度な支配力を及ぼせる現状のシステムによって助長されている側面もある。保護も監視もなく住み込みで働く彼らは、虐待にさらされやすい。

 湾岸諸国はカファラと呼ばれる労働契約システムを維持している。出稼ぎ労働者は雇い主の同意なしには仕事を変えることができず、雇い主の元を去れば逃亡と見なされ逮捕や国外追放される。サウジアラビアやカタールでは、雇い主の許可なしに国外に出ることさえ許されない。

 これらの国では明らかに、家政婦を労働法の対象から除外している。サウジアラビアは13年に、家政婦にある程度の保護を保障する条例を制定。今では1日少なくとも9時間の休憩と週休1日、勤続2年以上で有給休暇が認められるようになった。だがこうした保護は、他の職種に比べると依然として脆弱だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米小売売上高4月は前月比横ばい、ガソリン高騰で他支

ワールド

スロバキア首相銃撃され「生命の危機」、犯人拘束 動

ビジネス

米金利、現行水準に「もう少し長く」維持する必要=ミ

ワールド

バイデン・トランプ氏、6月27日にTV討論会で対決
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中