最新記事

ヨーロッパ経済

悪酔いする停滞のイギリス

五輪は成功裏に終わったが、不景気と緊縮財政で社会のムードは真っ暗で、深酒に走る人が増えている

2012年9月25日(火)15時19分
ピーター・ポパム

宴は終わり オリンピック開会式の興奮に酔ったロンドンっ子たち Sergio Moraes-Reuters

 土曜日の夜10時45分。その一団は、霧雨を避けてロンドンのリッチモンド駅の入り口にたむろしていた。10代後半〜20代前半くらいの若者が6人。男女それぞれ3人ずつだ。

 女の子たち3人の格好は、嫌でも人目を引く。ハイヒールに薄手のスカート、スプレーで固めた髪、目には濃いマスカラ。パーティー用におしゃれをしているようだ。1人は、金切り声を上げて意味不明なことを叫んだり、耳障りな笑い声を上げたりしている。

 別の女の子は、おぼつかない手つきでたばこに火を付ける。赤い髪の毛に、パッチリした目をしたかわいらしい女の子だ。今日が誕生日らしいが、どういう訳か泣いている。

 やがて彼女が大声でわめき始めると、ほかの女の子2人は甲高い声で叫び、男の子3人は所在なげにニヤニヤ笑いながら見ている。若者たちは明らかに泥酔している。

 バスがやって来ると、一団はよろめくようにして乗り込む。ほかの乗客は、礼儀正しいイギリス人らしく、何事もなかったような態度を取りつくろう。

 誕生日の女の子は一向に落ち着きを取り戻さず、泣き続けている。しばらくして席を立とうとしてつまずき、ほかの女の子2人に支えられる。

 3人の女の子が押し合いへし合いしながら悲鳴を上げているうちに、バスが停留所に到着。誕生日の女の子は、友達の手を振りほどいて床に倒れ込み、転がるようにしてドアの外へ。そのまま水たまりに転落した。

 華やかなスポーツの祭典に世界の注目が集まっているが、いまイギリス人には、「酔っぱらわなきゃ、やってられない」と感じることが山ほどある。

 エリザベス女王の即位60周年を祝う「ダイヤモンド・ジュビリー」にロンドン五輪と、派手なイベントが続く2012年は本来、イギリスにとって輝かしい年になるはずだった。パリなどのライバルを退けて、ロンドンがオリンピック開催地に選ばれたときは、イギリスの明るい未来にお墨付きが与えられたように思えた。

 だが、ロンドン五輪開催が決まったのは05年の話。イギリスの景気が絶好調だった時期のことだ。今や状況は一変し、12年は予想に反して苦々しい年になっている。

 08年の世界金融危機に続き、息をつく間もなくユーロ危機の直撃を受けた。イギリスはユーロ加盟国ではないが、ユーロ圏は最大の貿易相手。火の粉が降り掛かるのは免れられない。

 思い切った歳出削減こそ債務危機を乗り切る唯一の方策だと、イギリス政府は他国に先駆けて判断。こうして、イギリスは緊縮財政の時代に突入した。

 その結果、イギリス人は緊縮財政のマイナスの側面もいち早く思い知らされた。政府が財政支出を減らしたため経済活動が活性化せず、景気が一向に改善しない。現在、イギリスの失業者の数は250万人以上。有力紙のガーディアンによれば、さらに700万人が「貧困と隣り合わせ」だという。

 こうした暗いムードの中、アルコールに安易な逃げ道を見いだすイギリス人が増えている。週末になると、イギリスのあらゆる町の繁華街が酔っぱらいに占拠されるようになった。プラハやブダペストなど、ヨーロッパ大陸の町では、格安航空会社を利用して乗り込んできたイギリス人旅行者が美しい町を千鳥足で歩き、嘔吐する姿が目立つようになった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECBの次回利下げ、9月より後になる公算=リトアニ

ワールド

トランプ氏、日本に貿易巡る書簡送付へ 「コメ不足な

ワールド

米政権がロス市提訴、ICE業務執行への協力制限策に

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック最高値更新、貿易交
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中