最新記事

中東和平

中東和平交渉はコッソリやれ

中東和平交渉が久しぶりに再開されたが、公式会談では本音も言えない。隠れて歩み寄りたいイスラエルと、それを拒むパレスチナの真意は

2010年9月3日(金)17時41分
ダン・エフロン(ワシントン支局)

パフォーマンス? ヒラリー・クリントン米国務長官(中央)はネタニヤフ(左)とアッバス(右)をまとめられるか(9月2日、ワシントン) Jim Young-Reuters

 9月2日、バラク・オバマ米政権の仲介で、イスラエルとパレスチナが約1年8カ月ぶりに中東和平に向けた直接交渉を再開した。ここ数年うまくいっていなかった交渉だが、今回は米政府の威信と権威をかけたものになるだろう。

だが実際のところ、こうした大掛かりな公式会談が中東における和平合意に結び付いたためしはほとんどない。むしろこれまでは、双方の特使が人目に付かない場所で合意(または基本方針)について秘密裏に交渉を進めたことのほうが多かった。

 例えば、79年にイスラエルとエジプトの間で結ばれた平和条約。イスラエルのモシェ・ダヤン外相とエジプトのハッサン・トゥハミ副首相がモロッコで極秘に会談したところから始まったが、エジプト側はこの会談で初めて、イスラエルが67年以来占領していたシナイ半島から撤退する用意があることを知った。

 93年には、パレスチナの暫定自治を定めたオスロ合意が結ばれたが、これはノルウェーの首都オスロでイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)双方の学者たち(後に政府高官が加わる)が数カ月に渡り、極秘に話し合いを重ねた結果だった。

 翌94年のイスラエル・ヨルダン平和条約でさえ、そのほとんどはイスラエルの情報機関モサドのエフライム・ハレビ副長官とヨルダンのフセイン国王(現在は故人)が秘密会談で書き上げたものだった。

「歴史に名を残せるなら」政治生命を賭ける覚悟も

 交渉を極秘に進める利点とは何か。世論を刺激することなく(イスラエルとパレスチナの政治家は世論の批判にさらされやすい)、自らの政治的立場を危険にさらすことなく微妙な問題について話し合えることだ。

 仮にイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が、パレスチナ自治区ヨルダン川西岸にあるイスラエル入植地のほとんどを明け渡す意志を固めたとしよう(ネタニヤフが本気でパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長との和平合意にこぎつけたいなら、これは必須条件だ)。今回の和平交渉でそうした情報がリークされれば、ネタニヤフ率いる右派政権内の反発を招くことになる。

 アッバスにとっても同じことだ。イスラエルとの交渉では遅かれ早かれ、パレスチナ難民の帰還権について譲歩せざるを得なくなるだろう。そうなればアッバスはパレスチナ過激派ハマスからも、自ら率いる穏健派ファタハからも猛反発を受けることは間違いない。

 イスラエルの現政権でネタニヤフに近い立場で働いてきたある高官によれば、極秘会談の利点を認めるネタニヤフはここ1年の間、非公式ルートにパレスチナ側を引き入れようと何度か試みてきた。こちらから譲歩する姿勢を見せつつパレスチナ側が譲歩にどれだけ前向きかを探る、というのがネタニヤフの戦略だった。これを水面下で行えば、ネタニヤフは右派連立政権のパートナーを失う危険を冒さずにすむ。

 この交渉で合意の可能性が見えたら、ネタニヤフは合意の概要を発表して住民投票にかけるか、議会を解散して総選挙を行うことさえ考えていた。この高官は本誌に対して、ネタニヤフは和平合意を結んだことで歴史に名を残せるなら、連立政権を犠牲にすることもいとわないようだったと語った。それでも、単にパレスチナを交渉のテーブルに着かせるためだけなら、自分の政治生命を賭けたりはしないだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EXCLUSIVE-チャットGPTなどAIの基盤モ

ワールド

米がイスラエルに供給した爆弾、ガザ市民殺害に使われ

ビジネス

英アーム、通期売上高見通しが予想下回る 株価急落

ビジネス

PIMCO、金融緩和効果期待できる米国外の先進国債
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 8

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中