最新記事

ウクライナ

新型インフル危機は選挙向け演出

ウクライナのインフル・パニックは大統領候補の1人ティモシェンコ首相があおった──彼女の選挙アドバイザーが認めた露骨な策略

2009年12月1日(火)16時58分
ジュリア・ロフェ(モスクワ在住のフリージャーナリスト)

パフォーマンス? 国内で最初の死者が出たのを受けて、ティモシェンコ首相は学校閉鎖と集会の禁止を発表した(写真は11月3日、訪問先の病院で) POOLl-Reuters

 豚の新型インフルエンザの大流行は、世界各国でさまざまな政治的影響を生んでいる。だが、来年1月に大統領選を控えたウクライナの対応は、ウイルスをあからさまに政治利用したという意味でこれまでとは次元が違う。

 大統領選に出馬しているユリア・ティモシェンコ首相の選挙アドバイザーのタラス・ベレゾベツによれば、ティモシェンコは選挙戦を有利に進めるため、流行中の新型インフルエンザへの恐怖を意図的にあおったという。

 首都キエフのレストランで取材に応じたベレゾベツは、「(恐怖の)幻影をつくりだしたうえで、土壇場で白馬の騎士にピンチを救わせた」と発言。ウクライナのメディアに広がる「パフォーマンス疑惑」を認めた格好だ。

 ウクライナは10月以降、新型インフルエンザの大流行によるパニックに支配されている。検疫所が設置され、学校が閉鎖され、薬局に人々が殺到。もともと脆弱だった医療体制はこの事態になすすべもなく、3週間で400人近くが亡くなった。

「強毒型」との憶測をWHOは否定

 ティモシェンコはすぐに行動を起こした。治療薬タミフルを配布する手配をし、11月2日朝にはキエフ空港で記者会見を行った。彼女は国内の9つの地域を隔離し、すべての学校や大学を閉鎖し、「21世紀のペスト」と呼ばれるウイルスと戦うため1億2500万ドルの緊急支援を大統領に要請。さらに、あらゆる大規模な会合や政治集会を禁止した(偶然にも、自身の政治集会を終えた後だった)。

 WHO(世界保健機関)は「重症化するケースが他国より多いわけではなさそうだ」として、ウクライナで流行中のウイルスが突然変異による強毒型だとの憶測を否定した。だが、冷静な対応を呼びかける声は、ティモシェンコの矢継ぎ早の行動によってかき消された。パニックに陥った人々はマスクや薬を買い漁り、店頭から在庫が消えた。

 新型インフルエンザの流行は、ティモシェンコにとっては願ってもないタイミングでやってきた。ティモシェンコは民主化を求めた2004年のオレンジ革命のヒロインを自認しているが、大統領選ではオレンジ革命の敗者であるビクトル・ヤヌコビッチに敗れそうな気配だった。

 オレンジ革命の同志だったビクトル・ユーシェンコ大統領との中傷合戦、ガス供給をめぐってロシアと「密約」を交わした疑惑、そしてウクライナ経済を破綻から救う手腕がないという評価。これらが重なって、ティモシェンコの首相2期目はさんざんだった。

イメージアップで支持率も回復

 今年第3四半期にGDPが15%縮小し、ティモシェンコとユーシェンコ大統領の小競り合いが続くなか、5年前には47%あったティモシェンコの支持率は今年10月には14%に低下した(それでも夏よりは持ち直している)。

 一方、ユーシェンコに毒をもった疑惑をかけられたことのあるヤヌコビッチは、国民から信頼されているとは言いがたい。それでも、彼の支持率はティモシェンコの2倍に達した。

 だが、自身がでっちあげた新型インフルエンザ騒動への精力的な対応のおかげで、ティモシェンコの支持率は着実に回復し、今ではヤヌコビッチとの差はほとんどなくなった。出し抜かれたヤヌコビッチはマスクの増産を指示して反撃を試みたが、ダメージは否めない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 3
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統領にキスを迫る男性を捉えた「衝撃映像」に広がる波紋
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中